【近現代史】日中戦争から太平洋戦争へ。二等兵の草むらに隠れた20分間の用便が源流だった
......近衛文麿(お公家さん)・内閣総理大臣が就任して、一か月後に盧溝橋(ろこうきょう事件が起きます。
北京に近い盧溝橋の橋のたもと些細な事件からはじまります。それはまるで落語にでも出てくるような、笑い話しです。二等兵が草むらに隠れた用便が発端です。
戦争の発端とはこういうものでしょう。
ここから日中戦争・太平洋戦争、そして広島・長崎の原子爆弾の投下、さらにソ連軍の宣戦布告と同時に侵攻へと歴史は折り重なっていきます。
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大陸の水は汚水が混じっているから、兵士はぜったいに生水を飲むな。
これは日清戦争において日本兵の戦死者が1417人で、これにたいして戦病死は1万1894人である。変死は177人。このように十人中九人は病死(伝染病と脚気)であった。
日本人が中国大陸に渡り、戦いのさなかの銃弾・砲弾による死者はきわめて少人数であった。病死者は一ケタちがう。その原因が、喉がカラカラになった日本兵が細菌に汚染された生水を飲んだからである。
昭和12(1937)年7月7日に、中国の北京近くで「盧溝橋事件」が起きます。深夜10時ごろ、日本軍が夜間訓練をおこなつていた。数発の銃声音(訓練の空砲かもしれない)が 鳴りひびいた。
中隊長が点呼を取らせると、一人の二等兵がいない。ひとまず連隊本部に連絡した。その連隊は東京の陸軍省に一報を入れた。
ところが現地では、点呼から20分のちに、新兵・二等兵が草むらから出てきたのである。
小隊長・中隊長らは、用便で行方不明とはカッコ悪いと思ったのか。夜明けに連隊本部に報告した。
このころ、牟田口(むたぐち)連隊長が中国軍による射殺だろう、と決め込んでいた。中国側は否定する。
日清戦争以来、日本人はとかく上から目線で中国人をみくだしている。中国側の言い分は虚偽だとみなし、小攻撃を命じた。
北京近くの日本陸軍らは、戦争したくてウズウズしている。「職業軍人は胸につける勲章と階級が欲しいのです。戦争がなければ、手柄は立てられず、特別昇格の栄誉にもありつけない。そこで高級軍人が考えることは戦争を仕掛けることである」
張作霖(ちょうさくりん)爆破事件、石井莞爾(かんじ)の満州事変、その後も各地の戦場で、将兵らがあえて戦争を仕掛ける行動が多々あります。
近衛文麿は陸軍の陰謀だろう、と疑っていたのです。近衛内閣の米内海軍大臣も、次官の山本五十六も、ほぼおなじで考えだったようです。
「事件を拡大させず、現地で解決に努力するように」
近衛はそう指示を出しながらも、
陸軍大臣・杉山元が、「新兵が20分の用便による騒ぎだ」とわかってながら、
「戦闘が拡大することになれば、在留邦人の1万2000人の安全は保証できない。それどころか、日本軍も全滅する恐れがある。大軍の中国軍をけん制する意味でも兵を増員してほしい」
と満洲の関東軍、朝鮮にいる軍隊からの増兵、それと日本内地から3個師団の増派、それにかかる予算・三億円を要求してきた。
軍部の顔色ばかりを見ている近衛文麿は、内閣総理大臣になってから一カ月余りで、大戦争の端緒を切ったのです。
日本の大軍が北京付近を征圧した。次なるは上海を攻撃した。さらに南京を攻略する。ここまで、わずか半年間だ。これには兵站(へいたん・兵糧支援)の作戦ができておらず、「現地調達せよ」という略奪・強奪をがみとめられている。
日本軍がたどり着いた南京は四方が城壁で囲まれている。中国兵は軍服を脱ぎ捨て、市民に紛れ込んだ。食料不足の空腹、性の飢えた日本兵が、現地住民に襲いかかった。ここで南京大虐殺が起きた。
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蒋介石がすばやく重慶に逃げこんだ、ドイツが日中の和平に斡旋に乗りだしてきた。近衛首相がなんと「日本は蒋介石と交渉せず」と悪名高き政策を打ちだしたのだ。
こうなると、中華民国の蒋介石と共産党の毛沢東も、政権と認めていない日本だから、交渉する政府がいない状態になってしまった。なんのための戦争か。どこまで戦えば、停戦・休戦になるのか。ただ、やみくもに双方が血を流す日々になった。
こうして「泥沼・日中戦争」という表現でしか説明できない戦争になった。これが太平洋戦争の終結までエンドレスになった。
戦争とはとてつもない戦費がかかる。地図を見ればわかるが広大な中国大陸を支配すれば、膨大な百万人にちかい日本兵の配置が恒常的になる。国家予算のなかで占める戦費はうなぎ上りとなった。勝算とか、休戦とか。まったくもって見通せず、戦費の垂れ流しである。
そうなると、日本政府は予算がねん出できず、「国家総動員令」で、人と物は国費でなく、ほぼ無料でつかう。戦争の長期化で、様々な統制が強化される。物資は配給制にする・鉄・金属は供出させる。
こうして日中戦争のしわ寄せが、国民の生活を苦しめる。国内では物資不足で、闇(やみ)取引を常態化させた。市民の法秩序が狂いだし、「政府批判や戦争反対の発言を聞いたら、すぐに報告するように」と政府が住民同士の密告を奨励する。日々の苦しい生活に、ちょっと不満をもらすと、憲兵や特高警察に告発されてしまう社会に陥ったのだ。