社会不安・闇バイトの強盗は、西郷隆盛の御用盗に類似する。拙著「歴史は眠らない」の「幕末のプロパガンダ」より
首都圏には「闇バイト」による暴力的な住居侵入による金品の強奪事件が多発している。ここ連日の報道が社会不安を高めている。
2年前に逮捕された広域強盗「ルフィ」という犯人たちとはちがうようだ。新たな犯人グループだろう。こんな凶悪な事件が、この先も底なしに起こるのだろうか。
日本はアメリカのように銃社会ではない。深夜にバールやハンマーで侵入する凶悪な犯人に対し、わが身は無抵抗である。もとより治安で拳銃をもてる職業といえば、警察(および自衛隊)のみだ。
だから事件が起きないと、警官やパトカーは駆けつけてくれない。(とはいっても、私たちは拳銃社会をのぞんでいないけれど)
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11月10日発売の穂高健一著「歴史は眠らない」(出版社:未知谷)のなかに、中編歴史小説「幕末のプロパガンダ」が組み込まれています。薩摩御用盗(さつまごようとう)が物語の中心に座っています。
この薩摩御用盗とは、かわら版屋がつけた呼称である。
幕末の江戸に、闇バイトよりも凶悪な強盗事件が起きたのである。300人から500人のグループがそれぞれに徒党を組み、江戸および近郊の民間の家に押し込み、鋭い日本刀を家人に突きつけて金品を脅し盗る。抵抗すれば、容赦なく殺す。帰りまぎわには婦女子を強姦する。
かれらはあざ笑って堀川にうかべた小船で、櫓をこぎ、三田(現在・港区)の薩摩屋敷に逃げこんでいる。奪った金品で武器を買うか、かれらの遊興費であった。
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現代の歴史家の多くは薩長史観である。西郷隆盛といえば英雄扱いで、社会の混乱をおこした江戸騒擾(そうじょう)は倒幕のための必然だという。これはおかしい。古今東西、古来から現代まで、無辜(むこ)の一般市民をねらわないのが、あるべき道徳・倫理だ。
イギリス市民革命、フランス革命、アメリカ市民(南北)戦争、いずれも市民のための国家(国民主権)をつくる革命であり、その過程では暴動もおきている。
それに比べると、西郷隆盛は徳川政権を島津政権に変えようとした私欲だった。かれら犯罪集団は、武器をもった武士階級は危ういので狙わず、日本橋かいわいなどの無抵抗な一般市民の商人たちを襲っているのだ。
西郷を英雄視する学者は、「慶喜が大政奉還を成したから、西郷はすぐさま騒擾の中止命令を手紙で送った、と擁護(ようご)する。これは詭弁(きべん)である。
数百人の暴徒が、一度や二度の手紙でとまるはずがない。そんな騒擾を仕掛けること自体が、非人間性・非道徳性が問われるのだ。
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「幕末のプロパガンダ」では、江戸騒擾の詳細を展開しているが、ここで「薩摩御用盗」の史実をすこしさかのぼってみよう。
慶応三年十月十四日に、十五代将軍徳川慶喜が政権を朝廷に返還した。時おなじくして、京都にいた西郷隆盛が江戸騒擾(そうじょう)を企てて、藩士の益満(ますみつ)休之助、伊牟田(いむた)尚平を江戸・三田の薩摩屋敷に送り込んだ。
伊牟田は、万延元年(1860年)12月に、アメリカ公使館員の有能な青年通訳ヘンリー・ヒュースケンを暗殺した。西郷は殺人犯と知りながら江戸騒擾の主謀者として送り込んだのである。
凶暴な伊牟田と益満があつめたのは、水戸天狗党の流れ者、攘夷思想の脱藩人、無法者、入れ墨男、凶状持ち、ならず者たちである。かれらはまるで暴徒のように二か月半にわたり、連日、首都圏で押込み強盗をくりかえした。
現代の闇バイトグループが3-4人だとすれば、10倍の強盗団グループがあらゆるところに出没し、凶悪な強盗をくりかえす。その社会不安は想像を絶する。
当時の徳川幕府は世界一の治安の良さであった。それゆえに、江戸の治安を守る南北奉行所の与力、同心はほんのわずか少人数で、ふだん「岡っ引き」らに市中を見回りを任せているていどだ。取締りが後手、後手にまわった。薩摩御用盗は、番屋(現代の交番)にまで銃弾を撃ち込んだ。
あげくの果てには、伊牟田尚平が裏で手をまわし篤姫(薩摩出身の将軍のもと正室)のお抱え女中に、江戸城二の丸を放火させたのだ。二の丸は全焼となった。
薩摩御用盗のこれみよがしのやりたい放題に、小栗上野介忠順(ただまさ)など重臣たちは激怒した。フランス式の幕府陸軍が三田の薩摩屋敷を焼き討ちした。
「責任者の慶喜が、こんな大騒動の江戸にいなくてどうする。政権は返上したのだ。大坂城などもはや必要ない。城を爆破して慶喜をつれもどせ」
小栗忠順が、陸軍の知恵者の浅野氏祐(うじすけ)を大阪にむけた。かれが大坂城に入った日の夜に、慶喜は東帰する。そして数日後、大目付の妻木頼矩(つまきよりのり)が薩長の兵士を大坂城に招き入れておいて、火薬庫を大爆破させたのだ。
徳川宗家の慶喜が、江戸の危機管理の必要性から江戸に呼び戻されて帰ってきた。
薩長のプロパガンダで「慶喜は逃げた」といい、西軍の大名を薩長がわに引き込む情報操作であった。それを仕掛けたのが大久保利通である。
現代ではいずれの歴史書も、「幕末のプロパガンダ」から解放されず、うのみにして信じているのだ。
【最後に、あなたに質問です】
あなたが元将軍・慶喜の立場ならば、鳥羽伏見の小規模な戦場の決着がつくまで、勝ち負けに拘泥し、現地に踏みとどまりますか。
私たちは災害列島の日本に住んでいます。だからこそ、瞬時に起きた危機の管理はとても重要です。慶喜のシュミレーション(疑似体験)しなから、私ならば、どうすると考えてみる。それ自体が『過去から学び、将来を考える』歴史思考です。
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「了」