A035-歴史の旅・真実とロマンをもとめて

「作られた歴史」 阿部正弘は偉人か、無能な老中か(1)

 歴史は折り曲がりやすい性質がある。 いずこも新政権はつねに前政権を悪くいう。貶(けな)す。功績などねじ曲げて、悪者にしてしまう。
「歴史は勝者がつくる。自分たちに都合よく改竄(かいざん)する」
 よく言われることわざに現れている。
 
 顕著なのが、明治政府の要人たちだ。攘夷を声高に叫んでいたのに、それら志士が政権を取ると、とたんに徳川幕府の開国路線を真似した。
 真似だけならばよいが、まるで自分たちの手柄のように言い、先の徳川政権の罵詈雑言を並べる。あらゆる事実を曲げている。

 明治政府は国民の前に、かれらは牙を隠すために、あらゆる悪知恵を使っていた。それが最近の私の史観と認識になってきた。理由はかんたんだ。学校で学んだ歴史教科書に裏切られたからだ。
 
「ペリー来航・黒船が現れると、幕府はおたおたして、無能な政権となった」
 私は幼いころから真に受けて、それを信じてきた。

 1853年に黒船が現れた。翌年は日米和親条約を結んだ。私はふと考えた。英語の原文はだれがチェックしたのか。サインする以上は、英語を理解していないとできない。それが最初の疑問だった。
 ジョン万次郎は身分が低くて、同席していない。となると、だれか英語を理解したのか。
 まず、日米和親条約の原文とにらめっこした。

Treaty between the United States of America and the Empire of Japan.

The United States of America, and the Empire of Japan, desiring to establish firm, lasting and sincere friendship between the two Nations, have resolved to fix in a manner clear and positive, by means of a Treaty or general convention of peace and Amity, the rules which shall in future be mutually observed in the intercourse of their respective Countries; for which most desirable object, the President of the United States has conferred full powers on his Commissioner,

 私たちは中学、高校、大学で英語を習ってきた。それでも、この条約前文の英語すら完全なる理解はできない。
 徳川幕府は内容も理解もせず、サインしたのか。違うだろう。理解できる人がいたはずだ。
私にとってショックだったのは、ペリー提督が日本にきた最初のアメリカ人ではなかったことだ。「和英辞典」が19世紀から日本にできていた。ほんとうか、と思った。
 辞書を引きながらだと、条約文は理解できるだろう。
 さらには強いショックは、歴史教科書が私たちの学生時代に一行もふれていない。あるいは教えてくれない事実に出会ったことだ。


 ベリー来航の7年前、1846(弘化3)年に、東インド艦隊司令官のビッドル提督が米国大統領の親書を持ってアメリカの軍艦で浦賀にやって来た。
 浦賀奉行所や徳川幕府がそれに友好的に対応している。ビッドル提督のコロンバス号(排水量2440トン)は、ペリー提督の艦船と排水量はほぼ同じ。

 ビッドル提督の米軍艦は初の日本寄港であった。なんで、日本史の教科書で教えてくれないのだ。私は腹立たしくなった。一方で、日本人が正確な日本史を学べない現実が悲しかった。
                                                  【つづく】
 

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