一世一代の出来事 武智 康子
先日、今まで手を付けなかった、夫の本箱の整理を始めた。
中ほどの棚に最後の論文ファイルと一緒に、固い台紙がついた冊子を見つけた。開いてみると横文字で書かれている。読んでいるうちに思い出した。これは私達夫婦にとって、あの一世一代の出来事の表彰状だ。
それは、1997年10月のある日、世界自動車技術会から技術貢献賞を授与する旨の知らせを受けた。鉄鋼会社で自動車用鋼板を研究していた夫は、まさか自分が表彰されるとは思っていなかったようで、非常に驚いたようだった。
自動車関係の学会では、エンジンなどの機械部門が主力だったからである。しかも場所は、十一月九日に開会式とウエルカムパーテイーが開かれる、パリのベルサイユ宮殿とあった。加えて夫人同伴の招待だった。私も、飛び上がるほどびっくりした。
夫と相談の上、私も出席の決意はしたものの、少しばかり心配になった。
夫が所属するもう一つの鉄鋼関係の学会は、鉄のように地味で、現地の大学やパーテイーだけはホテルでというのが大半だが、自動車技術会は、ベンツやルノー、フォードなどの世界に名立たる大企業が参加しているので、とても華やかな学会である。
夫は、いつものように三つ揃いの背広で出席するが、私は、このような式では陰で夫の役に立つことが大切であること、ましてや会場がベルサイユ宮殿であることも考えて、一世一代の気持で、初めて海外に和服を持参することにした。
その和服は、父が叙勲で皇居に参内する時、一緒に招待された母が一世一代の気持で新調した色留袖である。その着物を私が形見として受け継いだのだ。
決して派手ではないが、淡い紫地にぼかしの裾模様のお祝いの席での正式の和服である。きっと天国の母も喜んでくれたことと思う。
そして当日の夕方、観光客が去った後のベルサイユ宮殿に入った。
私達が案内されたのは、舞台のある大きなホールだった。この煌びやかな中世の様式のホールで、開会式が始まった。
最初に、当時のフランスのシラク大統領の挨拶があった。さすが自動車関係の学会だ。
行事は進んで、いよいよ表彰式となった。受賞者の名前が呼ばれて、七人が舞台上の椅子に座った。そして一人ずつ表彰状と記念品が渡された。夫は、一番小柄だったが、下から見ていた私には、とても大きな存在にみえた。私も、心から夫を祝福した。
一時間ほどのセレモニーが終わり、休憩を兼ねてパーテイー会場に移動した。
そこには、8人の円卓がたくさん並べられていた。メインテーブルに案内された私達だったが、私の右は夫だが左はベンツの研究者夫妻だった。
私の緊張は少し和らいだ。それは、ベンツのご夫妻とはデトロイトの会議でお会いしたことがあり、顔なじみだったからである。夫の右隣りは、確かイタリアの方だったように思うが、私の斜め向かいには、トヨタの社長ご夫妻が座られていた。ご夫人は、やはり和服をお召しになっていた。
ふたりの日本女性が、和服を着ていたことから、このテーブルでは和装談議で話に花が咲いたことを、私ははっきり覚えている。
ただ、料理はフランス料理のフルコースだったので、和服の袖がちょっと気になった。
やはり洋食には洋服の方がいいなと感じた瞬間だった。
全てが終わって、ホテルに戻った時、夫が、
「今日は、和服でよかったね。僕も鼻が高かったよ」と言ってくれた。
私は、和服は小物も多くいつもと違って荷物がとても重かったが、夫の表彰に花を添えることが出来て、本当に良かったと心から嬉しく思った。
表彰の時に、いっしょに頂いた記念品は、夫が開発した自動車用鋼板で作った金色に塗装された自動車の置物だった。この自動車は、いつも書斎の机の上に飾ってあったので、今は、神前の台の上に置いてある。
私は、今、発見した表彰状を自動車の脇にそっと供えて、ありし日の夫を偲んだ。
そして、二度とないような経験をさせてくれた夫に「大切な思い出をありがとう」と感謝した。