有名になりそこなった = 月川 りき江
今日は忙しくて疲れた。孫の転宅手伝いに朝から行き良く働いた。私は長い間の転勤族なので、引っ越し手伝いはお手のものと言ったものの、やはりそれは若い時の話で、この老齢ではさすがに疲れた。
私はいつも疲れた時、卵の黄身だけを二個飲む。黄身にお箸の先でチョンと穴をあけ、お醤油を二、三滴落としてそのまま飲む。美味しくて、身体の細胞に栄養が行きわたるように感じる。が、今日の卵は違った。
割った途端「キャーッ」と声がでた。
卵の中に黄身の横に1、5センチ位の肉団子のような物がある。これはなんだろう。気持ち悪い。ひよこに変わる前だろうか?
すぐに流しの三角コーナーゴミ入れに捨てた。しかしフッと(これは捨てちゃいけない。テレビや新聞に取り上げられるしろものではないか?)と思った。
何かの研究資料となり、新聞やテレビに出て、私は有名になるのではないかと、頭のなかを駆け巡った。それには証拠の為に写真に撮らなければ、と思って、三角コーナーの中から捨てた卵をお皿に取りあげた。
この時、黄身をちょっと傷つけた。写メに撮ったが、捨てる前だったら黄身と肉団子がはっきりしていたのに、黄身がダラリとながれた写真になった。
しかし、これはなんだろう、どこで調べればいいのか。パソコンで調べるにしても言葉は何と検索するのか。
まず生活消費者センターに電話をした。クレームを言うおばさんと思われたくないから電話に出た人に、
「苦情を言うのではありませんから」
と最初に念を押して事情を話した。
その人も「わかりませんね~。聞いたことありません」と言うだけで隣の人に聞いている。隣の人は
「詳しい人がいるから聞いてみます。しばらく待ってください」
と言って別の人を電話の側につれてきた。
声は年配の人のように感じた。
「それは卵の殻が異変を起こして出来るもので、ミートスポットといいます」
と教えてくれた。
解ったのはいいが、私は途端にがっかりした。テレビや、新聞にでも出るかな、と少々期待していたが、それほどのものではないと解って、張り切っていた馬鹿な自分に苦笑した。
しかし、その人は「めったにお目にかかれるものではありませんよ。良い体験をされてよかったですね」と言われた。まあ、それだけでも良しとしよう。
すぐにネットで「ミートスポット」を調べた。
見ると、世の中にはたくさんあるのだ。食するには何ら問題はない。と書いてあるが、とんでもない。私は八十三年生きてきて初めて見た。
(若い鶏も産むが、老齢の鶏が産むことが多い)
と書いてある。
人間の老女は役にたたないが、老鶏は卵も産めるのだと、にがにがしく思った。 さっそく、私より若い高齢者の友人にメールで事情を話した。
「老齢でも卵の産める鶏は幸せね」と返事がきた。
「実感こもっているね~」
と二人で笑った。
あれ以来、最初見た風景が脳裏にやきつき、気持ちが悪くて卵の黄身を飲めなくなった。今は疲れた時はもっぱらドリンク剤だ。
イラスト:「フリー素材集 いらすとや」より