TOKYO美人と、東京100ストーリー

婚約者は刑事 ③  5回連載(006 多摩川) 

婚約者は刑事 5回連載① 【世田谷・岡本】
婚約者は刑事 5回連載② 【銀座】からのつづき

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 死ぬ。そういっていた布施和香奈(ふせわかな)の電話番号は知らない。動かない電車からでは、彼女に連絡の取りようがなかった。

 井伊佳元(いいよしもと)は横目で、車中やホームの乗客たちをみた。その多くがケイタイで、電車が停まった、遅れる、という内容をしゃべっている。ある意味で、電話連絡が取れること自体がうらやましかった。

 かれは車内放送に耳を立てた。復旧情報はまったく曖昧で、役に立たない、お詫び放送ばかり。
110番も考え、そのシミュレーションもしてみた。布施和香奈が川に飛び込むかもしれない、と訴える。

 警視庁の司令室からは、警察官が多摩川に駆けつけてわかるものはなにかと、彼女の特徴を聞かれるだろう。顔とか、容姿はことばにすれば、漠然としている。どんな服装かと訊かれても、それすらもわからない。多摩川流域のどこらあたりか。

 その場所となると、二子玉川駅付近だろう、というていど。はっきりしない。挙句の果てには、いたずら電話だ、と思われるかもしれない。
 
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 写真モデル・奈良美和さん(コーチ/コミュニケーションアドバイザー)
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婚約者は刑事 ②  5回連載(005 銀座)

① 【004 世田谷・岡本】からのつづき
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 井伊佳元はタクシーの車窓から、夜明けまえの空を見あげた。池袋のビル群の谷間には星がやや残るが、藤紫色に染まりはじめている。
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 かれは運転手に、その先のセーフティー前で停めさせた。まだ深夜料金で、5時すこし前だった。

 従業員専用の出入口の横には、警備会社の車が停まっている。
「老いぼれ機械め。月になんど故障したら、気がすむんだ」
 寝入りばなを起された井伊は、わずか3時間の睡眠に苛立っていた。46歳にして、この睡眠は辛い。通用口はすでに開錠されている。かれは納品口横の地下階段を降りはじめた。


「ついてないよな。このところ、たて続けだ」
 4日まえも真夜中に、『火事が発生』と警備会社から、ケイタイ電話に通報が入った。井伊が下町の自宅から急いで池袋店に駆けつけたところ、火災報知機の誤報だった。それらも遡(さかのぼ)って腹が立っていた。


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婚約者は刑事 ①  5回連載(004 世田谷・岡本)

 井伊佳元(いい よしもと)が豪邸の表札を見ていた。門柱の上には、春の陽ざしをあびる三毛猫が横たわる。こちらをバカにしたように、大きな欠伸(あくび)をした。

 かれは腹立たしくなった。怒りはその猫ばかりでなく、布施(ふせ)和香奈(わかな)にもむけられていた。井伊はもう2時間も、彼女の住まいを探しつづけているのだ。

 世田谷・岡本一丁目は豪邸がつづく、高級住宅地だった。まわりの庭木からは、多種の野鳥のさえずりが聞こえてくる。ひときわ閑静なところだ。
 高級マンションのほとんどが、オートロック式の玄関で、一歩もなかに入れない。外部からだと、住人の名まえすらも確認できない。布施和香奈の住まいを探しあぐねる井伊は、だんだん腹立つ自分を知った。

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新妻の悩み ③後編 連載・完了(003 隅田川)  

【 001 台場】
【002 浅草】
【003 隅田川】前編からのつづき

「複雑なことはシンプルに考える、これがセオリーだ。問題を絞り込めば、黒船来航の一点につきる。母親の黒船を東京湾に入れないで、静岡沖に押しとどめることだ」
「実家は静岡といっても、富士山ろくの方です」
「海辺でなく、山側か。それがポイントになりそうだな」
 観光船が隅田川の河口までやってきた。目のまえの岸壁は、都民の台所、築地魚市場だった。運搬漁船が二隻ほど接岸している。明朝には仲買人がセリする、遠洋の魚が水揚げされているさなかだろう。
「会社では、いまどんな企画に取組んでいる?」
「年末から手がけているのが、クライアントは大手菓子メーカーで、動物園とタイアップした、桜シーズンの企画です」
 その企画内容は、園児30人を動物園に招き、子ヤギとか、ウサギとか、ロバとかと母子でいっしょに遊ぶ。菓子5個についた応募券による、抽選だという。TV局がかむように、いま交渉中しているさなかだと説明した。
「ここは動物園ストーリーで、いくとするか。まず母親には、大手広告代理店に勤務する、息子の俊男がいま動物園の宣伝広告を受け持つ、と知らしめる」

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 写真モデル・福本恵子さん(国際イメージコンサルタント)
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新妻の悩み ③前編 連載(003 隅田川)

【 001 台場】
【002 浅草】からのつづき

 ジャンパー姿の井伊佳元は、店内の柱時計をみた。もう11時を回ってきた。かれはラフなスタイルで休日出勤し、早朝からバレンタインのディスプレーをしていた。
 きょうの午後2時には、真鍋(まなべ)美紀(みき)と逢う。『東京クルーズ』浅草発着場から出航する『隅田川ライン』の観光船に乗る、と約束事ができていた。

 かれはさっきから、妙な胸さわぎをおぼえるのだ。このモヤモヤはなんのか。またしても、遅刻し、観光船の出航時間に遅れてしまうのか。そんな予感なのか。
(あと30分以内、昼まえにはかならず店を出るぞ。どんなことがあっても、2時出航には遅れられない)
 井伊は自分に言い聞かせていた。

 かれの脳裏には、胸さわぎの原因のひとつとして、鬼頭統括部長の顔が浮かんだ。12月の店長会議は欠席した。鬼頭はそれについて一言もふれてこないのだ。もう1ヵ月半が経つ。これにはなにかある。裏がありそうだ、おかしいと、井伊はどこか心に引っかかるものがあった。

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【後編】はこちら

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着物美人の撮影は霧雨、そして快晴=写真小説の舞台裏

 4月1日から、写真小説『TOKYO美人と、東京100ストーリー』がスタートした。第1作目はタイトル「新妻の悩み」で、3回連載。現在は(002 浅草)まで掲載している。近日中には、(003 隅田川)を載せる予定である。


 1作ごとに、女性モデルは違う。それが特徴の一つである。


 2作目は5月1日に掲載予定。タイトルは、『婚約者は刑事』で、ミステリーだ。これは5回の連載である。400字詰めで、約150枚の中編小説だ。

 写真小説の裏舞台にも少しふれてみたい。
 これまで殆どの小説は作品が完成したときに、イラストを描いてもらうのが常だ。そして、書籍や雑誌に掲載されていた。それが映画化されると、俳優のイメージが重なり合っていく。つまり、イラストレーターの絵とか、映画監督がつかう俳優とかが、読者の描く人物像になる。それは執筆中の作家が描く登場人物とはまったく別ものだ。


『TOKYO美人と、東京100ストーリー』の特徴は、まず写真撮影を先行させることにある。撮影は原則として作者自身がおこなう。その写真から、人物(マドンナ役)の特徴を立ち上げていく。同時に、作品のジャンル、テーマ、構成を組み立る手法だ。従来の小説の執筆方法とは180度ちがう。

 撮影場所は、東京都内の有名処、メジャーなところと決めている。モデルの彼女たちから、撮影してもらいたい場所を聞く。(撮影ずみの場所は他に変更してもらっている)。
 服装はすべて彼女たちに任せているので、洋服から和服まで、幅が広い。むろん、持ち物、小物、アクセサリーなども、彼女たちの考えによるものだ。

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新妻の悩み ② 3回連載(002 浅草) 

【 001 台場】からのつづき

 井伊佳元は勢いよく地下鉄・浅草駅の自動改札を駆けぬけた。そのつもりだったが、寸前、バターンと無常にも塞がった。PASMOのチャージ不足だった。精算所は長い列で、外国人、年配女性などがモタモタしている。

(これでは、今回も20分以上は遅れるな。時間には、いい加減さんね、と真鍋(まなべ)美紀(みき)から侮られそうだ)

 彼女が指定した待合わせ場所は、なんと浅草寺(せんそうじ)の『雷門』だった。
 井伊の意識のなかには、上野の西郷隆盛像とともに、雷門は東京に不案内な「おのぼりさん」どうし、田舎者どうしが落合う場所だという先入観が会った。そのうえ、都内でも随一といえるほど神社仏閣、古寺名刹が多い。真鍋美紀のハイセンスからすれば、不似合い、不釣合いの場所に思えた。


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    写真協力・モデルは福本恵子さん(国際イメージコンサルタント)
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【新妻の悩み】③の前編はこちらから

新妻の悩み ① 3回連載(001 台場) 

 井伊佳元が急ぎ足で、東京湾の品川沖に浮かぶ、お台場にむかっていた。約束時間は昼の12時ちょうどだった。かれはすでに15分も遅れていた。面識のない、真鍋(まなべ)美紀(みき)から、遅れないでくださいね、とかれは念を押されているのだ。

(遅れたことで、なん癖(くせ)をつけられ、厄介なもめ事になるかもしれない)
 井伊は会うまえから、身構える自分を知った。

 お台場は幕末につくられた洋式砲台(品海砲台)だった。第三台場は海面から突きだす石垣で囲まれている。一片が160メートルの正方形の要塞(ようさい)。いまでは台場公園になっている。そこまでは松林がつづく、弓なりの長い人工の砂州で結ばれている。
            
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新企画・『TOKYO美人と、東京100ストーリー』は4月上旬から掲載

 ここ数年はジャーナリストの活動に傾斜していた。多くの人に接し、多くのことを学び、さらには活動範囲がずいぶん広まった。知識、精神面で得るものが大きかった。他方で、なにかしら自分自身の気持ちのなかには、物足りなさがあった。それは「小説」の執筆に向かい合っていなかったことだ。

 小説を書き始めから30年間。執筆活動の集大成として、「短編小説を100編」を書くと決めた。その日から、途轍もなく、集中力、アイデア、体力と気力が自分に要求された。これまで登山、マラソンなどをやって持久力はあるほうだから、精神面ではやれるだろうと思っている。ただ、漠然と書き散らせば、ストーリーやアイデアが枯渇し、行き詰まる。そこで、主人公は1人と決めた。


 小説で描く美人の顔となると、『鼻梁が高い、目鼻立ちがはっきりした』という表現で、ワンパターンになってしまう。100篇も書けば、みな類似的。これでは読者がついてこない。これをクリアするためには、「小説+写真」でいこうと決めた。これならば、ポートレート撮影が好きな自分の領域で処せる。当然ながら、10人が10人の顔はみな違う。読者も、次はどんな女性かと興味をもってくれる。

 小説では背景となる場所が重要だ。主人公が全国を飛び回れば、バリエーションはある。それでは写真撮りは不可能だ。東京のメジャーな場所を使う。東京ならば、100ヶ所ぐらいあるだろう、と決めた。これらの着想から、『TOKYO美人と、東京100ストーリー』というメインタイトルが浮かんだ。

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