A025-カメラマン

女形と男役がおりなす喜劇『身替主人』(下)=浮気は不倫に非ず

  復興支援チャリティー公演  S-NTK第2回公演

※ 物語は写真イメージから創作したストーリーであり、歌舞伎の底本、主催の脚本とは無関係です

 大旦那・清兵衛の身代わりが、奥さまのお絹にばれてしまった。さあ、大変だ。

「旦那さまはどこ? あなたたち、どこに隠したのよ」

「あの。あの」

 番頭や手代はみな口ごもる。 取りつく島もなく、問い詰めてくる。


「嘘や隠し立ては、ただですまないわよ」

 奥さまは問い詰めるほどに、怒り狂う。
 
「なにも、何も致しておりません」

「私の大切な旦那さまを殺(あ)やめて、どこかに埋めたんでしょ。殺して、ただで済むと思っているの」

 予想外の濡れ衣だ。この場の状況は悪化していくばかりだ。


「滅相もない。決して、決して、そんなことはしません」

「わたしの目をごまかそうと思っても、そうはいかないわよ。町奉行にしっょぴいてもらい、白州のお取り調べて、拷問で、白状させてもらうからね。遺体をどこに遺棄(いき)したのよ」


「そこまで疑われると、白状します。旦那さまは幼馴染の小春の許に……」

 「わたしって、美しい妻がありながら、なんていうことを」

 お絹はこんど泣き崩れた。

 その痛々しさは、まわりの同情を集めた。

「小春なんて、そんな好い女じゃありませんよ。奥さまの許に心が戻ってきます。単なる遊び心ですよ」

「どんな女なの?」

「そりゃあ、ひどいブスです。性格が悪く、意地汚く。弁天さまのような奥さまとは段違い」

「そうなの」

「これは事実ですよ。奥さんができ過ぎですから、旦那さまはちょっと遊び半分。息抜きですよ。悪戯心ですよ」

「呼び戻しておくれ」

「もう夜が明けますから、そろそろお帰りになるはずです」


「あのひとの口から、直接、聞いてみる。わたしを身替りにしておくれ。布団を被られておくれ」

「これは厄介なことになったぞ」


「早くしなさい」

「はい。ただいま。布団を用意します」

 番頭や手代は周章狼狽(しゅうしょう ろうばい)ぎみで、とうとうお絹に従うはめになった。


「わかっているわよね。旦那さまが帰ってきたら、この寝床に、番頭の平助が寝ていることにするのよ」

「へい。いま敷きます」

「蒲団のそばで、旦那さまが小春とどんな夜を過ごしたか、痴態(乳繰り合う仲)だったか、あなた方がうまく話を誘導しなさい。
 得意げにべらべらしゃべる性質(たち)だから。この耳でしっかり聞いてみるから」


「小春って、好い女だ。あんな素敵な女と、なぜ、所帯を持てなかったのか。くやまれるな。大黒屋の財産に目がくらんで、婿養子になった。愛と恋に生きるべきだった」

 清兵衛は心も浮かれて、いい気分で戻ってきた。


「小春と比べて、うちのお絹ときたら、とんでもない女だ。ブスで、おかちめんこで、嫉妬が強くて、ロクな料理もできない。下種(げす)のカスだ。小春。わが小春よ」

 旦那は鼻歌を歌いだす。



「旦那さま、いま、この場で、そんな事をしゃべると危ない」

 と強く停止させる。

「構うものか。布団をかぶった平助にも、たっぷり聞かせてやる。どんなに楽しい夜だったか。手土産話しはたっぷりある。浅草の船宿で、お酌をしてもらって、さあ、あなた、寝床にどうぞ……。たまらないな。あの小春の声は」

「あなた。今までどこに行っていたの」

 お絹が蒲団から飛び出す。

「あのその。ちょっとそこまで」

 清吉は慌(あ)てて逃げだすが、もう後の祭りだった。


「浅草で、小唄の師匠の小春と逢引でしょ。白状しなさい」

 お絹の眼が怖ろしく光って、うむもなく清兵衛を問い詰めていく。

「それは」
 頭で考えていた言い訳と逃げ口上は、とっさには出てこないものだ。

 清兵衛はただ慌てふためくだけだ。


「あなたが幼馴染に会いたい、というくらいならば、逢わせてあげたのよ。なぜ、堂どうと、わたしに話さないの。後ろめたい関係なの。身替りで、姑息な小細工するなんて」

「清廉潔白です」

「なんども言うようだけど、幼馴染なら、逢わせてあげたわよ。わたしはそんな焼き餅やきじゃないし」

「だったら、もう一晩、小春と夜をともにしたい」

「もう一度、言ってごらんなさい。わたしがそんなにいやなの」

 お菊の語調は激しさを増した。

「いいえ。大好きです。素敵な奥さまです」

 清兵衛の声は震えていた。

「本当ね」

「嘘はつきません。心底から本音です。誠実、誠意だけです」



「うわつらの言葉で、逃げようとしてもダメよ。毎晩、寝床から離さないからね。わたしを大切に抱くのよ」

「うえ。小春と違いすぎる」


「ふたりの間の子どもが欲しくないの。大黒屋の跡取りが欲しくないの。何のための婿養子なの」

「欲しいです。種馬(たねうま)じゃない。いや、とても子どもが欲しいです」


 江戸のかわら版売りが街なかにやってきた。

「さあさあ、江戸の大旦那が浮気がばれて、大騒動だ。1枚100円だよ。これには復興チャリティーも含まれているよ。小唄の師匠が独身だったから、まだ浮気で納まった。これが逆で、小春に亭主がいたら、不倫で、不義密通の罪で獄門だ」
 
 早耳早太(土屋貴司)が口上を述べる。


「よかったね。お絹さんが独身で」

 かわら版やの女房のお艶(野上奈々子)は、どこか小春に似ている。

「瓦版としては、不義密通の方が売れたけれどね。大旦那の清兵衛は、めでたし、めでたし、奥様は妊娠して、いまはこんな大きなお腹になっている」


「おさまるところに、納まるものね」

 江戸時代は、男の浮気はとがめられなかった。男の遊び、男のかい性ですまされた。

 しかし、相手の女が所帯を持った不倫だと、その場で斬り殺されても文句が言えない。通報されて、町奉行所に捕まれば、死罪の判決が出て獄門、さらし首だった。

 むろん、男も女も。

 

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