小説取材で、お伊勢参り=三重・伊勢市
幕末の長編歴史小説は脱稿前まで来た。取り上げた「神機隊」が戊辰戦争で、奥羽鎮撫使にむかう(会津戦争)。かれらの乗った軍艦が大嵐で、伊勢の港に入港した。
そして、伊勢参りをしている。
その時の雰囲気をつかみ、描写するために、伊勢神宮に出かけた。
過去には、20代のころに一度、伊勢神宮に来ている。
境内で、思い出そうとしても、当時の伊勢神宮の情景は、なに一つ記憶に残っておらず、
重なり合うものがなかった。
鳥居がある都度、深々と頭を下げる、参拝者が多かった。
失礼だから、撮影はご遠慮した。
幕末に日本にやってきたイギリス人女性が、
「日本人ほど、あらゆるものに手を合わせる民族はいないだろう」
と最もおどろいたものの、一つに挙げている。
そう言われてみると、朝日にも、地蔵さんにも、太陽にも、富士山にも、神社仏閣の宗派を問わず、手を合わせる。
そして、さい銭を入れる。
なかには池にさい銭を投げ込む人もいる。
内宮には、 天照坐皇大御神 (あまてらしますすめおおみかみ)が祀られている。
この石段から先は、撮影禁止だから、
大半の参拝者が、ここで記念撮影をしている。
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国軍の軍人さんの参拝(現在は自衛隊員と称する)は、皇国史観から、なんとなくわかる。
わたしには襟章を見ても、階級が判らない。
かれらは戊辰戦争をどんなふうに捉えているのだろうか。
五十鈴川は、霊水と称するのだろう。
とても澄んで、清らかだった。
古来より、「お伊勢参り」は、日本人の信仰の一つ。
生涯に一度は行ってみたいもの。そんな長い歴史がある。
お札を買わないと、伊勢参りの参拝証明にならないのか、信仰上か。
「札所」には大勢が立ち寄っている。
参拝道には巨木が多い。
霊魂あらたなる神木だろう。
「池の鯉」でなく、「池の恋」として撮影してみた。
ちょっと遊び半分だったかな。
大学生が春休みに入っていた。
学生の集団が多い。
集団でなく、参拝者です。
参道の幅は広い。
正月とか、行事があれば、この道は幅いっぱいに埋まるのだろう。
小雨、霧雨だから、人出がなくて、救われた気分だった。
時おり、大挙して参拝者がやってくる。
幟(のぼり)を見ると、山形だった。
お伊勢参りの集団信仰は根強い地方なのだろう。
否、全国においても、厚い信仰がある。このお伊勢様には。
伊勢神宮は、全国神社の本宗とされている。
メジロもお伊勢参り。
ここが縄張りの鳥はきっとご利益が多いのだろう。
神職は約100人、一般職は約500人が奉職している。
大学などで国学をまなんで、奉職しているのだろう。
近くで撮影していたら、なぜか嫌われた。理由はわからない。そこで、遠景にしておいた。
参拝道も、枝道があるようだ。静寂な雰囲気があった。
取材の目で見ると、どこの神社も変わり映えしないな、という点だった。
際立った特徴がないので、小説のなかでは、伊勢参りした、という1行にとどめおいた。