粋な最中(もなか)は「窓の月」 鷹取 利典
《 まえがき 》
和菓子の「最中(もなか)」は、サクサクの皮に餡(あん)を包んだ和菓子のことである。
もち米で作った皮の香りと、しっとりとした小豆の餡が絶妙な味わいで、日本人には親しみのある和菓子だ。
今回の資料集めでは、「最中」を扱った書籍が少ないことに驚いた。
図書館で和菓子の専門書を調べるも、団子や練り菓子、煎餅などにはページを割いても、「最中」に関する記述はどれも少なかった。しかし、調べるうちに最中のおもしろい過去を発見した。
葛飾柴又、参道で売られている「最中」の紹介も兼ねて、和菓子「最中」についてひも解いてみた。
《 最中の起源 》
「最中」という名の起源は、今から1200年前、平安時代まで遡る。
宮中の宴で、歌人 源順(みなもとのしたごう)が詠んだ「水の面に照る月なみをかぞふれば今宵ぞ秋の最中なりける」(『捨遺和歌集』秋)の句だと言う。
「寅さんの故郷」 店:代々喜最中 場所:柴又参道 種:薄目、香良し 餡:小豆、甘さ控えめ 1個120円
それから1000年経った江戸時代、浅草は吉原の煎餅屋「竹村伊勢大掾(いせだいじょう)」が、煎餅種の半端ものに、使い残しの餡(あん)を入れて売り出したのが、現在の「最中」の起源と言われている。
当時の最中は、中秋の名月に見立て丸い形で、「最中の月」と呼んでいた。
江戸のお店が掲載料を支払って紹介する『江戸買物独案内(国立図書館 蔵書)』と言う本があった。
この本には、「最中」と謳った店が数軒掲載されていた。それほど、最中が流行っていたという証しだろう。
《 粋な最中は「窓の月」誕生秘話 》
江戸時代の最中は、「最中の月」と呼ばれたように、丸い形が主流だった。そして主に日本橋界隈で販売されていたと言う。
浅草は吉原の三浦屋に、高尾太夫(たかおだゆう)という遊女がいた。高尾太夫は、丸い最中を四角に造り変え、丸くした餡を種の中央に挟んで馴染み客に出した。
客は珍しがって菓子の名を問うと、「窓の月」と高尾太夫は答えた。確かに、行燈の灯にかざすと最中が「窓」、餡が「丸い月」に見えたのだ。
それ以来、四角い最中は、「窓の月」と、呼ばれれるようになった。
「ふとっぱら最中」 店:柴又い志い 場所:柴又参道 種:少し厚め、香高い 餡:大納言、甘さ適当、艶あり、ボリュームあり 1個200円
当時の遊女の世界は、客から身請けしてもらうか、高利子で莫大な借金を返し終えるか、それとも足抜けするしか逃げる術がなかった。
人気を博し、大夫になれば、身請けも、借金の返済も可能となる。美貌と、客へのもてなしが重要だったはずだ。そんな遊女の戦略が、「窓の月」を生むきっかけになった。遊女と最中がかかわる、粋な話だ。
《 最中の種 》
最中は、中身の餡と、周りの皮とでできている。その皮は、「種」、もしくは「種物」と言う。その皮の専門店を和菓子業界では「種屋」と言う。
「矢切の渡し最中」 店:代々喜最中 柴又参道 種:薄目、香良し 餡:小豆、甘さ控えめ 1個 100円
最中の美味しさは、ほおばった瞬間、もち米の香ばしい種の香りと、餡の甘い味わい大豆の食感が、口いっぱいに広がることだ。
種の標準は、内側が白く、外側がこんがり焦がした色に仕上げるが、注文する菓子屋の注文で、焦がし具合も自在に作れる。
また、食用色素を混ぜ、桃色や引き茶色、小豆色などカラフルな種も作れる。
見た目にも楽しい最中になる。種の製造過程で、餅を短冊に切って焼くので、出来上がった種には短冊型の跡が見られる。この手作り感が味わいにもなっている。
最中の弱点は、「湿気、衝撃、灯り」である。湿気と衝撃は分りやすいが、灯りになぜ弱いのか。それは、焦げ色に仕上げた種は、長時間灯りにあたると焦げ色がなくなっていくからだ。
「焦げ」は、微妙な色加減なのだ。
地元葛飾区には、種屋が高砂と四ツ木にある。その他、東京都内には、足立区椿、台東区駒形、中野区弥生町、板橋区仲宿などにもある。
《 最中のいろいろ 》
おもしろい最中として、葛飾柴又に、「矢切の渡し最中」がある。江戸川を渡る渡し舟を模した種に、しっとりとした餡が詰まっている。白餡と小倉餡の2種類が選べるのも味変があって楽しい。一口サイズで、一度食べると、二個三個と食べたくなる味だ。
他にも,路面電車を模した東京都の「都電もなか」や、神奈川県の「江ノ電もなか」がある。
新橋の和菓子店「新正堂(しんしょうどう)」の、「切腹最中(せっぷくもなか)」は、新橋のサラリーマンに有名だ。苦情を言われた顧客に、冗談半分にこれを持参してお詫びに行くと言う。
「矢切の渡し最中」 店:代々喜最中場所:柴又参道 種:薄目、香良し 餡:小豆、甘さ控えめ 1個 100円
《 あとがき 》
今回の課題は「窓」。5月に発表されて以来、何をテーマにしようか考えても、なかなかアイデアが浮かばず、締切だけが迫ってきた。
葛飾区高砂に、最中の皮「種」の専門工場があり、「最中」と課題の「窓」がつながらないかと下調べをしていたら、偶然、「窓の月」のことを発見した。早速、取材を申し込みに行くも、断られてしまった。
しかし、そこで諦めるのも癪に障るので、今回は資料のみで、冊子を制作した。
《 最中の種切り包丁 》
種を作る工程に、延した生地を切る作業がある。その生地を切る専用の包丁があった。その名も「種切り包丁」。曲線を画いた刃が、柔らかい生地でも切りやすくする秘密だ。
イラスト:Googleイラスト・フリーより
制作 2019年8月15日