京都を歩くなら1人がいい=斉藤永江
作者紹介:斉藤永江さん
彼女は栄養士で、製菓衛生士です。チョコレート製作を始め、洋菓子作りと和菓子作りに携わっています。傾聴ボランティアとして、葛飾区内の施設、および在宅のお年寄りを訪問する活動をしています。
葛飾区民記者の自主クラブ「かつしかPPクラブ」に所属し、積極的な活動をしています。さらに、朝日カルチャーセンター・新宿『フォトエッセイ入門』の受講生として、叙述文にも力を入れています。
京都を歩くなら1人がいい 斉藤永江
紅葉で人気のある東福寺を訪れた。
休日ということもあり、多くの観光客でごった返していた。真っ赤に色づいた木々は、素晴らしく見事で、圧巻の景色であった。
「わ~、綺麗ですね」と、私は誰かれ関係なく話しかけ、たくさんの人と、その感動を共有して楽しんだ。まるで1人歩きではないかのように。
進みたい方向に歩き、もう一度見たい場所があれば戻り、色鮮やかな紅葉の下では、気が済むまでそこにいた。数人のグループや、団体客が、規則正しく移動する雑踏の中で、1人自由に浮遊する私であった。
存分に紅葉を楽しんだ私は、寺を後にして東福寺駅へと向かった。
道端で、生麩田楽(なまふでんがく)と、麩まんじゅうを売っているお店があった。
和菓子が大好きで、特に麩まんじゅうには、目がない私である。
迷わず、「両方くださいな」と、その場で、2つをほお張った。
「美味しいですね。京都の生麩は、やっぱり違いますね」
東京で食べるものとは、明らかに違う食感と味に、もう一つ食べたい気持ちを我慢してその場を後にした。
私は、一人歩きが大好きである。東京でも、気に入った場所を、延々と散歩している。自分の行きたい所を歩き、好きな景色の前では、いつまでもたたずんでいる。
「みんなは、どうしているかな」私はそうつぶやいた。
今回は、仲間8人での企画だった。しかし、家の都合で皆との合流が難しく、私だけ夕食時間からの参加になっていた。そのことを、むしろ好都合に思っていた。
次に向かったのは、祇園である。
清水寺からくだっていき、三年坂に入ると、生麩田楽と、麩まんじゅうを売っているお店があった。
「わ~、美味しそう」
私は、さっき食べたことも忘れ、初めて見たかのように喜び、すぐに購入した。東福寺のお店のものとは違い、そこでは注文の後、温め直して出してくれた。生麩の柔らかでふくよかな味が、口の中いっぱいに広がり、格段の美味しさであった。
「美味しい。やっぱり、京都の生麩は違いますね」
私はさっきと同じセリフを言った。
口の中が甘くなったな~、と思いながら二年坂に向かって歩いていると、漬物屋さんが見えてきた。京都の漬物は有名だ。
お店の中に入ると、試食のオンパレードで、たくさんの人が群がっている。その光景を見て、試食好きの私の闘争本能に火がついた。
「よし、全種類食べるぞ」
図々しいかなとも思ったが、先にいた年配の女性軍団の、私を上回るパワーが、その気持ちを吹き飛ばしてくれた。
「みんなで食べれば怖くないわよね」
京都の漬物は、名物の千枚漬けや、すぐき漬けなど、その美味しさは格別だ。私は、存分に漬物の味を楽しんだ。
さすがに、たくさんの種類を食べたら口の中がしょっぱくなった。満足した私は、お店の外にでた。
ふと上を見上げると、八坂の塔が見えた。
太陽の光が、五重の建物に降り注ぎ、まぶしく輝いていた。
喉が乾いたな~、と思いながら歩いていると、「宇治茶をどうぞ」と、店先でお茶を振る舞っている店員の姿が見えた。なんというタイミングの良さであろうか。
「頂きま~す」
迷わず手を出して、有難く試飲させてもらった。
ああ、なんと美味しいお茶だろうか。香りたかい宇治茶の味わいに、喉も心もほっこりと潤った。おかわりしたいけど、お茶っ葉も買わずに2杯目はなぁ、とさすがの私も遠慮した。
ふと、お店の中に目をやると、そこはお茶屋ではなく、生八つ橋の名店、「おたべ本舗」であった。「うわっ、生八つ橋、大好きっ」 見ると漬物屋の光景と同じく、たくさんの人が試食コーナーに群がっていた。
「またまた行くしかないわね。大好物だもの。目指すは、当然、全種類制覇ね」
私は、迷うことなく直進した。
塩キャラメルやマンゴ味など、食べたことのない新しい味には驚いた。
種類の多さと、企業努力に感心しながら、有難く全ての種類を頂いた。
「また喉が乾いちゃったなぁ」
試飲コーナーを見ると、さっきとは違う店員さんになっていた。ラッキー、とばかり、私は、初めて頂くふりをして、2杯目の宇治茶を口にした。
幸せだなぁ。こんな贅沢なことってあるだろうか。
お腹も心も満腹になった私は、団体客に混ざって、静かにそ~っと店をでた。
これだもん、1人歩きは止められないな。
結局、漬物も生八つ橋も宇治茶も、何一つ購入しなかった。店側から見たら迷惑千万の私であった。
その夜、祇園の料理屋で仲間と合流した私は、その日にあった出来事と共に、「試食の極意」を、自慢げに披露した。
私にとっては、普通の行動だったが、仲間たちからは大笑いされた。
「まぁ、お漬物の一つくらい買っても良かったかもね」と、とってつけたように私はつぶやいた。
昼間には、私と同じ東福寺を見て回ったという友人たちは、「迷子になりそうだったよね」と、混雑の中を大勢で歩くことの大変さを口々に語っていた。その様子を聞きながら、
「京都を歩くならやっぱり1人がいい・・」
私は心の中でつぶやいた。
文・写真 斉藤永江