「1000年続いた封建社会から、わずか4年で、近代社会の中央集権制度に切りかえた有能な人物はだれか」
もし、これが高校・大学入試に出たら、皆さんはどう解答するだろう。
吉田松陰、高杉晋作、坂本龍馬、中岡慎太郎などは明治まえに死す。
西郷隆盛は新政府として、外国から借金し設備投資をする「外債発行」の知識など皆無だ。つまり、戦争男の西郷は、財政・金融論などまったく上の空だ。
大久保利通は薩摩藩・島津家に遠慮し、版籍奉還・廃藩置県など、びくびくして国元の島津久光公にはとても切りだせなかった。1000年続いた武士社会を滅亡させる提案者でもなければ、そこまでの知恵はなかった。
朝日カルチャーセンター千葉の主催で、12月17日(土曜)の13:00~15:00に、第3回目の『知られざる幕末史』が開催されます。今回のテーマは、「明治政府が行った歴史を再興する」です。
「会員2916円。一般3348円」。
武家社会は平安時代の平家、源氏の台頭から、約1000年もつづいた。それが江戸幕府の崩壊、明治政府樹立で、わずか4年で、武士と封建制度そのものが消えた。
この4年間という超最短の社会革命は、世界史の上でも稀有である。
歴史的な大変革は、突然変異で起こらない。かならずや、変革・革命の予兆や底流がある。それでは、だれが、いつ、どのように仕掛けて、それを成したのか。
通説の幕末史では、解き明かせない。それを朝日カルチャーセンター千葉の講演で、語ります。
薩長土肥の4藩が、なぜ260諸藩の全借金を引き受けられたのか。どのように返済していったのか。膨大な借金国が、なぜ、近代化の設備投資が短期にできたのか。その金はいったい誰が、どのように調達してきたのか。
幕末・明治の歴史小説と言えば、たいがい戊辰戦争で終わってしまう。
文学部・史学部卒の方々は、経済の専門知識に疎(うと)いのがつねだ。学者・歴史小説家は文学部卒が多く、「政治は経済で動く」という側面には弱い。しっかり理解できないから、「解らないものは書けない」という考え方で、避けて通る。
戊辰戦争の後は、廃藩置県、征韓論、西南戦争など、上滑りの言葉で年表的に書いているていどだ。年表からでは、真の歴史は学べない。
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きのうまで、わらじを履(は)く人が靴になり、着物をきて帯刀を差していた武士がわずか4-5年間で消えて、洋服になり、丁髷も消え、帯刀もなくなる。
260藩の藩主だったお殿さまがいっせいに消えた。
呼び名も、薩摩藩→鹿児島県、長州藩→山口県、肥後藩→熊本県、土佐藩→高知県、会津藩→福島県と、殆どの藩の名まえが4年間で消えた。
高かった代金の飛脚が消えて日本全国一律の安い切手で、郵便物を運んでくれる。駕籠(かご)が消え、蒸気機関車になった。木造の建物が洋館建、レンガ造りになった。かがり火・行燈がガス灯になった。
電信も発達した。きょうの今日にも、電文が世界中とやり取りできる。寺小屋はなくなり、義務教育制度となった。全国の津々浦々にまで、小学校をつくり、だれもが一律に勉強できた。さらに、新聞が発行される。
新政府は、江戸幕府のお金である大判・小判「両」「朱」の流通を禁止した。と同時に、各藩が発行する「藩札」も回収された。
通貨はすべて『円』『銭』単位に変えた。新政府のお金しか使えない社会にしてしまった。つまり、貨幣革命・経済革命でもあった。だれが、この知恵を持っていたのだろうか。
明治時代という、社会の大規模な革命は、経済知識がないと理解できない。維新革命の本質がわかれば、現代社会にも役立つ。
たとえば、現在、日本国債は1000兆円を超えた。これをいつだれが、どのように支払っていくのか。その参考になるのが、明治維新の経済政策だ。
明治政府は、外国からの借金(外債)を続けていった。一方で、武士階級をなくし、家禄を6年間に限り支払って、あとはすべて切り捨てた。現代流にいえば、地方公務員(武士)を全部いちど解雇した。そして6年間分の給料を国債で渡した。
必要最小限度の公務員がいる。新政府は優秀な人材優先主義で、2-3割ていど雇用した。あとは切り捨てだ。乱暴と思われるが、大胆な切り捨てで、全負債を約10年間で支払いを終えたのだ。
負債がなくなれば、身軽くなる。税収入が有効に使える。良好な財政・金融となった明治政府は、それをばねにして、こんどは「富国強兵」の軍備拡張へとむかう。武器・軍艦などへの投資を強めた。
明治20年頃には、良し悪しは別にして、強い経済力で、戦力・軍備はまさに西欧諸国並みになった。アジア随一となった。
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幕末小説が好きな読者の多くは、ペリー提督来航から始まり、戊辰戦争までの範囲内で、武勇・武勲の人物に酔っている。鳥羽伏見の戦い、戊辰戦争の江戸城開城、彰義隊との戦い、会津戦争ばかりが持てはやされる。
「戊辰戦争にしろ、ただ(無給)で戦争できない。兵士だって毎日三度の食事をする。銃を撃てば、その数だけは経費がかかる。天から弾は降ってこない。だれかが膨大な金集めをしなければならない」
幕末史ものをいくら数多く読んでも、戦争経費の実態を知らなければ、「膨大な戦費が降りかかっても、それでも、徳川幕府を倒すのだ」という本質を知りえない。
江戸城が開城する以前には、明治天皇の「五箇条の御誓文」が出た。広く会議を起こし……、と身分制度を廃止する四民平等のスタートだった。
德川将軍は血筋によって決まっていた。四民平等とはなにか。平たくいえば、「極貧農家の子、乞食でも、有能なれば、内閣総理大臣になれる社会である」という身分制度がなくなった社会だ。
当時のアメリカ大統領のリンカーンは、貧農の育ちだった。その考え方に類似する。事実、極貧の農民の倅・伊藤博文が初代内閣総理大臣になる。
箱館戦争が終わる前には、版籍奉還が推進された。版とは領地である。籍とは戸籍と同じ人民である。それを各大名が朝廷に返納したのだ。
ところが、薩摩藩の大久保利通にしろ、西郷隆盛にしろ、倒幕の目的がしっかり理解ができていなかった。ただ、倒幕に突っ走った。まさか武士社会がなくなるとは、大久保も、西郷も、微塵(みじん)も想定していなかったのだ。
だから、版籍奉還、廃藩置県に対して、ごねまくった島津久光公の首に鈴がつけられず、十二分な説明もつかず、「島津がいつ天下の将軍になれるのか」という問いに対しても、おろおろモタモタしていた。
これが西南戦争への大きな要因のひとつとなった。
江戸幕府の討幕後の政策(ポリシー)とビジョンは、なんだったのか。現代人でも、これがほとんどが解らずして、薩長とか、会津とか、慶喜の恭順とか、そこで興味と思慮が止まっている。
つまり、倒幕目的を知らずして、「戦争ごっこ」を興味本位で愉しんでいるのだ。それに類する歴史本やテレビに陶酔しているのが実態だ。
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もう一度、質問しよう。「御一新」と呼ばれた、大革命を仕掛けた張本人は、だれだったのか。
政治的に統一国家を目指し、経済は「富国強兵」を目標とし、社会制度として封建の大名や武士を大胆にも切り捨てる、という大仕掛けに挑んだ。
「だから、かれはその目的遂行のためには、どうしても倒幕を必要としていたのか」とわかりやすく、平たく説明していきます。それが今回の朝日カルチャーセンター千葉の講演の趣旨です。
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