潮 流 (第7回いさり火文学賞・受賞作品・北海道新聞社)
第1章
タクシー運転手の広瀬哲也は、中年夫婦を乗せて函館空港にむかっていた。夫婦は島巡りが趣味らしく、これから奥尻島の観光に出向くようだ。潮の匂いがたまらなく好きだと語り合っていた。
哲也はその話題にそれとなく協力するように、啄木小公園にさしかかると、運転席側のガラス窓をおろした。五月の空気には、潮の匂いとともに肌寒い冷気の残りが感じられた。
斜め上空には東京発らしいANAの機体が着陸態勢に入っていた。あの旅客機で到着した客を首尾よくひろえたならば、空港行きと帰りの効率のいい運行になる、ツキのある一日になるだろう、とかれは期待した。
過剰な期待は失望を伴うことが多い。それがわかっていながら、遠距離の客がひろえる幸運を抱いてみた。