小説家

ミステリー小説「海は燃える」が最終回

 小川知子さんは私の中学時代の担任(国語)だった。習字の時間には「自分の名前ぐらい練習して丁寧に書きなさい」と叱責された。国語の時間には「作文は上手ね」と褒めてくださった。

 私が30歳のとき腎臓結核で長期入院となった。全集などばくぜんと読んでいるだけでは、日々が面白くなくなった。何かできることがないかな。そう考えたとき、中学生時代には作文を褒められた、という記憶がよみがえってきた。
「小説でも書いてみようかな。身体を動かさなくても、寝たまま頭を使えばいいんだから」
 そんな動機から始まり、こんにちの作家稼業へと結びついた。

 ミステリー小説『海は燃える』の最終回・「17夜祭」が、隔月誌「島へ。」68号(10/1発売)に掲載された。同誌53号(10年5月1日発売)から16回にわたって連載してきた推理小説である。

 美大生の誘拐事件からスタートし、中盤ではいじめ事件を絡ませ、終盤では真犯人と対峙する殺人事件へと運んで行った。

 推理小説はこれが書下ろしならば、伏線とか、証拠品とか、犯人の遺留品とか、最初からもう一度書き直せる。しかし、連載となると、すでに本は発行されているから、さかのぼって書き直しができない。それが厳しい。
 犯人に結び付くだろう、証拠品、発言、目撃者をあらかじめ配置しておくのだが、当初の「作者の想いや考え」とは違い、登場人物が勝手に動きだす。
 最初の「あらすじ」など、途中で吹っ飛んでしまうから、なおさら厄介だった。

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第62回・元気100エッセイ教室=「対比法」で書こう

 叙述文学とはなにか。小説にしろ、エッセイにしろ、人間を書くことである。

 人間は一人ひとり様ざまな性格をもっている。親兄弟でも、容姿も違えば、考えも行動も違っている。「私」とはあらゆる面で違っている。まして、他人ともなれば、顔や形も違えば、趣味も違う。そこをしっかり観察することである。

 エッセイの善し悪しは、それぞれの「性格の違い」「考え方の違い」「行動の違い」をどのように描けるかにかかってくる。「違い」に的を当て、掘り下げる、と良質のエッセイが生まれてくる。

 日常生活の出来事、事件や事故の遭遇、奇異な出会い……、それがどんな奇抜で珍しいことでも、『人間の違い』が描かれていなければ、単なる紹介文(記事的)で、読み手には、「そんなことがあったの」という淡白な読後感になってしまう。

「違いを書く」とはいかなる方法があるか

 それは「対比」することである。対比が極端に違うほど、読み手は求心力を強める。

①私と登場人物の「性格の違い」がとくに重要である。人の動きにまで及ぶ

②ひとつ場面で、過去と今回の違いを比較させる。読み手の理解度が高まる

③まわりの人物の容姿、着衣、着こなしなどを比較する。人物が立体的になる。

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第42回地上文学賞『千年杉』が日本ペンクラブ・電子文藝館に転載

 私がはじめて文学賞を受賞したのが、1995(平成7)年1月の第42回地上文学賞
『千年杉』です。受賞作が月刊誌『地上』に掲載されました。その作品を日本ペンクラブの電子文藝館に転載しました。

 同誌に掲載された、4人の選者の選評(千年杉のみ)をここに掲載します。

井出孫六さん

 留学経験を持つエリート商社マンが、混血の孤児たちを連れて過疎の村に行き、風倒木を使って孤児たちの空間を建設しようと苦節する物語。
 村人たちの陰湿な妨害に悩まされつつも、千年杉が倒壊し、山津波が呑まれていく日、風倒木の家だけが難を逃れたのを知って村人たちは主人公を前に土下座して謝る。前半の展開の不十分さにもかかわらず、後段で畳みこんでいく神話的手法の寓意性が他の作品にぬきんでて、受賞をもぎとったといってよい。 


伊藤桂一さん

 受賞作「千年杉」は、一般に農民文学のテーマとなる、過疎、嫁不足、後継者問題、出稼ぎ、減反、風水害等と全く違って、東南アジア難民の孤児数名を連れて、田園生活の中でこれら孤児を育成しようとする、主人公夫婦の健闘ぶりを描いている。
 後味のすがすがしさは、主人公の、いかなる苦難にも耐えてがんばってゆく生き方の姿勢と、その志の故だろう。こうした、自分たちの欲得を離れて、社会のために尽くそうとする、主人公の心意気を描いた作品は、この賞ではめずらしい。細部においては、気になる点もないではないが、精一杯力をこめて、ドラマチックに仕上げてあって、読んでいておもしろかった。


長部日出雄さん

 千年杉は、すでにテレビドラマ化できそうな現代性があって、
1.若者に支持されること
2.とりわけ若い女性を惹きつけられる魅力があること
3.世界に通用すること
 以上の三条件を、かなり満たしていると思う。
 日本とってこれから避けられない国際化の問題を、山村に持ちこみ、しかも歴史と環境の象徴である千年杉と結び付けて、未来への方向性をさぐろうとした着想がよく、冒頭からの伏線を生かした劇の組み立てもうまい。
 こういう作品に目をつける野心的なプロデューサーはいないものだろうか。


平岩弓枝さん

 受賞作『千年杉』は、なによりも登場人物の性格や行動を説明でなく、事件の進行に従って、無理なく読者に理解させようとしていることで、全体がすんなりとまとまっているのが読みやすかった。
 ただ、この作品の最大の欠点は、この主人公が何故、これほどの犠牲を払っても、外国人孤児を育てることに熱中したのか、その動機について書かれていない点である。
 主人公は高校時代から留学経験があり、堪能な語学力を生かして貿易会社に勤務していたというので、それだけの人生を捨てて、孤児の施設づくりに取り組もうと決心したきっかけはなんだだったかをしっかり書いてあると、この作品に説得性が出て来るし、魅力が生まれたと思う。
 出来れば、この作品が活字になるとき、その部分を書き足されては如何なものか。おそらく、作者は動機について考えられて居られたに違いなく、それを書きそこなったのではないかと思う故である。

  【作者・注】平岩さんのご指摘が、編集部の加筆許可となりました。施設づくりのボランティア精神が生まれた背景を加えたうえで、作品が世に出ました。


※「受賞の言葉」が同誌に掲載されていましたので、一部抜粋をしてみました。
 
 2年余りの闘病生活。その病床で小説を書きはじめてから苦節10年を目標にやってきました。が、さしたる成果はなし。さらに鳴かず飛ばずだった苦節に20年の区切りがきた今年、地上文学賞の受賞でした。じつに嬉しく思っています。
 千年杉を書くにあたって、わが国の国際化が進めば進むほど、孤児の問題が拡大すると予測し、その一方で農林業家がかかえる村おこしの問題とからませてみました。

掲載作品はこちら、日本ペンクラブ・電子文藝館・『千年杉』をクリックしてください。

第61回・元気100エッセイ教室=心理描写を書こう

 エッセイは身の回りの出来事や事実をそのまま書くだけ、それでは完結しない。そこに心理をつけ加えて書くことで、人間らしい作品として共感・共鳴、さらには感動へと近づけられるのである。

 叙述文学(エッセイ、小説)において、大事なのは文章である。描写が文章の基本である。そのなかでも、最も重要なのが心理描写である。それはなぜか。人間は行動を起こす前には、必ず考えるからである。それら考え、心のなかを綴るのが心理描写である。

人間は常に自分の立場でものを考えている。
「迷い、打算、思惑、勝算、相手の心の読み」
 行動を起こす前、それらが脳裏を渦巻く。あるときは悩み、神経をすり減らし、考えた末に行動を取らず、見合わせることもあるだろう。
 博愛的な、他人のことを常に思う、心温かい人と高く評価される人でも、全思考の96%以上は自分の立場でものを考えていると一般にいわれている。

 大事故や災害に巻き込まれた瞬間ですら、人間は「死にたくない、助かりたい」という咄嗟な考えから、四肢が連動して動く。一瞬の危機でも、考えなくしての行動はないのである。

 エッセイの心理描写を書くとは、それら行動に及ぶ前の考え、想い、気持ちを取り出し、文字化することである。つまり、「私」の心に容赦なく手を突っ込み、心の想い、考えを取り出す、作業である。
 こうした心理を的確に描くほどに、「人間って、こういう行動のとき、こうも考えるよな」という普遍性に近づいた、よい感動エッセイとなる。
 ところが、[私]の心は実に厄介で、つかみにくく、得体のしれないものである。多くは自己中心に考え、自己本位に満ちている。負とか、マイナス面は隠そうとする。愚かで、いかがわしい存在である。

 この心理描写がなかなか書けないのである。つい逃げてしまう。あげくの果てに、上辺だけ、建前でエッセイを書く。すると、読者は悧巧だから、「書くべきところを書いていない」と作品を見下してしまう。
 

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第5回・文学仲間たちと『谷根千(やねせん)』を歴史散策、そして居酒屋 

 日本ペンクラブの広報委員会、会報委員会の有志がごく自然に、3カ月に一度は集まり、歴史散策している。第1回目は昭和の町・葛飾・立石だった。そこで意気投合し、次なるは小江戸の川越、浅草・隅田川、深川・門仲と歴史的な町を散策してきた。

 こんかいが何回目か忘れていると、新津きよみさん(推理小説作家)がメールで5回目です、と教えてくれた。7人のメンバーが同一日に集まれる日取りとなると、ピンポイントの1日のみで7月11日(水)だった。集合場所は、日暮里駅と決めた。井出さん(PEN事務次長)は急に担当委員会が入り、不参加となった。総勢6人である。

 谷根千(やねせん)とは谷中、根岸、千駄木の地名の総称である。明治時代から文豪たちが好んで住み、それら情景を作品に取り入れてきた。文学散策のコースとして人気がある。
 清原さん(会報委員長、文芸評論家、歴史家)がコースを選定する。


 日暮里駅前から、整備された石畳の御前坂を登っていく。セミが鳴く。女性陣の山名美和子さん(歴史小説家)と新津さんは日傘を手放せない、つよい夏日差しだった。と同時に、水分・アイスクリーム補給である。

 通りの右手の経王寺(きょうおうじ)は、1868(慶応4)年の上野戦争の時、彰義隊を匿ったために、政府軍の攻撃を受けている。
 現在も、砲弾を受けた珠の傷が寺門に残っていた。

 谷中の商店街は、古い建物のデザインを残しながら、観光的にも整備されている。物珍しいものが多い。「錻力屋」(ブリキや?)という店構え、鉄製の灯籠、薬膳カレー、とか目を凝らせば、ひと昔前の日常生活の店が並んでいる。

 赤穂浪士ゆかりの寺、谷中七福神の寺なども、足を運んでいく。


 平成4年に『まちがど賞・台東区』を受賞した、観音寺の築地塀.は見応えがあった。屋根瓦を葺いており、黒色を基調とした、横縞模様が重みを感じさせてくれる。塀の長さは約50メートルくらいだった。

 この辺りには土壁でなく、木製の格子造りで屋根を葺いている、真新しい塀があった。新旧の町の変化が感じられた。

 路地で横たわる猫が多い町である。猫を素材とした、置物販売店もある。

 全生庵墓地には、剣豪で、なおかつ江戸開城の功労者だった「山岡鉄舟」の墓がある。もう一人、落語中興の祖として有名でな、初代三遊亭円朝の墓もある。
 円朝の囃子が新聞で、言文一致体(口語体)で載ったことから、それ以降の文学に大きな影響を与えた人物である。

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第60回・元気100エッセイ教室=漢字の巧い使い方、こだわり方

 エッセイ教室が60回を迎えた。8月と12月を除いた、年10回の講座であり、ちょうど丸6年間つづいてきた。ロングな講座になったものだな、とある種の感慨がある。と同時に、毎回9割以上が提出であるだけに、意欲に満ちた、熱心な受講生ばかりである。
 この講座を受け持った6年前のことだった。事務局から「元気に百歳クラブ」の首都圏エリアには130人余りのうち、107人がパソコンができます。エッセイ教室はメールで作品を送れる人に限定したい、と提案された。生原稿を読むのは負担がかかるので、ありがたい、と思う一方で、知的レベルが高いな、と驚かされたものだ。
 政府がIT国家の旗を振り始めて間もないし、60歳代以上のパソコン拾得者は皆無に近いと言われていたころである。
 他のカルチャー教室では、とかく「作品が書けない、書けなかった」と未提出者の言い訳をする人がいるものだ。「書けない理由はいくらでも簡単に見つかる。つねに、書ける素材と、書く時間を見つけなさい」と聞く耳を持たない態度を取ってシャットアウトしている。

 このエッセイ講座では、それが一度もない。ともかく、海外など行く、特殊な事情を除いて、全員が提出してくる。  レクチャーの実践的から、毎回、事前に「演習」を出している。『宿題ではありません』と記しても、全員がやってくるので、もはやその明記も止めた。
 全員が熱心に60回まで、推し進めてきた。まだまだ創作意欲に満ちている。

 今回は、「漢字の巧い使い方、こだわり方」について、講義をおこなった。
 
 エッセイは文学ですから、作者の表現・表意が優先されます。教科書の記載とおり、文部省が決めた「常用漢字」にこだわらないことです。と同時に、エッセイは漢字の難易度を競うものでなく、内容を味わうものです。

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私小説の書き方=「私でも小説が書けますかね」という質問から

 私は目黒学園『小説の書き方』、よみうりカルチャー・金町『文学賞を目指す・小説講座』で、指導している。
 ある会合で、多少の面識があるひとからふいに、「私でも小説が書けますかね」と質問された。芥川賞が、学歴を問わないところで受賞者を出している。そこからの話題だった。
「あなたが人まえで、自分の愚かさと醜さをさらけ出す勇気があれば、小説は書けますよ」
 そう話したが、理解できない顔をされてしまった。
 すこし言葉足らずだったかな。
「小説はストーリーだと思っているんでしょ。無関係だとは言いませんが、東京から函館に往って復ってきた、それだけでも小説になります。シナリオライターは演技者用に書きますから、ストーリーは重要です。でも、小説は人間の心理が書けることです」
 そう説明した。

私小説の書き方
 それを徹底して学ぶことからはじめれば、小説家への最も近道です、とつけ加えました。


 人間は、だれもが「私の人生」という海で泳いでいます。無意味な現象や出来事やムダはひとつとしてありません。(死まで)完結もありません。過去からすべての出来事がいまの「私」の人格を作っているのですから。
「私の人生」のなかから、話題(素材)、人物、場面を釣り上げて書く。それが私小説です。


 あなた自身の醜い心が書けますか

 小説を書くからには、『水準以上の作品が書きたい』、その能力を身につけたいと考えるはずです。
 それには「私」の心理描写を赤裸々に書けることがとても重要です。

 だれもが「私」の心のなかに必ずや、いやらしさ、醜さ、善(よ)くない気持ちがあります。「私にはこんなにも醜いところもあります」と心の隅々を書くことです。
 ストーリーの運び方、学び方ではありません。小説を書くならば、私自身を描くことから始めるべきです。

 愚かな「私」の心が書けたとき、「読み手をつかまえる」小説技法が身についたことになります。
 
 反面、「私」の愚かさを棚上げにした、素晴らしさ功績、日々の幸せ感、異性にもてる、金銭が満たされる、家庭円満の姿などは書きやすいのです。苦しまずして書けるのです。だけど、読み手が逃げてしまう作品です。
 書くほどに、文章は上手になりますが、駄作の連続になります。しかも、読者は感情移入して最後まで読んでくれず、挙句の果てに、あなたは筆を投げ出すことになります。
 小説家を目指して頓挫した人の大半はこのパターンです。


 コンプレックスを書けますか

「実に苦しくて、恥ずかしく、逃げ出したくて、つらい。こんな私をさらけ出すなんて、泣き出したいくらいだ」
 こうした苦しみの下、私の心の奥底を書き終えると、妙にすかっとした喜びをおぼえます。と同時に、物怖じしない勇気が生まれます。
 こうした作品を書き続けるうちに、やがて読者が感銘や共感を呼び起す、あるいは読者が涙して読むような、感動作品を創りだせる能力が身についてきます。

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【推薦図書】中澤映子著『三本脚のアイが行く』=小さな命の四季

 あなたは動物エッセイを読むとき、なにを期待しますか。「人間と動物の心のふれあい」「感動の出来事に巡り合いたい」「生命の大切さを再認識したい」と多くの人はそんな想いだろう。
 
 それに応えられる感動の動物エッセイが出版された。中澤映子著『ワン・ニャン歳時記 三本脚のアイが行く』(長崎出版・定価1200円)で、副題「小さな命の四季(じかん)を綴った俳句付」である。

 作者・中澤映子さんは東京女子大卒で、博報堂に入社し、定年まで勤務した。広告制作ひとすじに37年間を過ごす。国内外のCMコンクールで多数の受賞作品がある。
 動物エッセイ(俳句付)の出版は初めてである

 彼女が嫁いだ中澤家は、動物愛の塊だった。彼女の本心は「犬は好きでも、猫は苦手だった」という。大手広告会社勤務の夫や、義両親は路傍でさまよったり、段ボールで放置されたり、傷ついた瀕死状態の犬や猫に出合うと、「見るに見かねて」引き取っていた。そして、一つ屋根の下で暮らす。
 最もたくさんいたときは犬の親子が5人、猫が16人である。

 ふびんな犬や猫を連れ帰れば、その世話で家族はてんてこ舞いする。「こまった、コマッた、困った」と言いつつも、見捨てておけないのだ。それをもじって『小俣(こまった)ファミリー』と称している。
 街なかのペットショップで可愛いからと言って買ってきた、そんな動物たちとはまったく違う。 

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第59回・元気100エッセイ教室=テーマの見つけ方

テーマとは何か。

 エッセイ、小説のみならず、写真にしろ、絵画にしろ、テーマが重要です。これが曖昧だと、作品に強さや求心力に欠けてしまいます。
『テーマとは、作品のなかで作者の最も言いたいことである。一言で言い表せるもの』
 その定義にたどり着くまで、私はかつて約10年間を要しています。

 私は腎臓結核で28歳から闘病生活に入りました。寝床で本ばかり読んでいても面白くないし、寝ながら何かできることはないかな、と漠然と考えていました。
 30歳ごろ、寝ながら小説のストーリを考えれば、病気から気持ちが外れるし……。小説でも書いてみようかな、と思ったのです。

 私は港町に生まれ育ちました。中学生時代は船員相手の貸本屋から大衆小説を借りてきて片っ端から読んでいました。
 父は元教員で、「学校の勉強は家でするな」という主義でした。学校で先生の話をしっかり聞いて、それで試験を受けたら、それが本当の実力だ。(若いときは教室で集中力を養えばよい)。各学期の試験勉強も、宿題もさせてもらえなかったのです。

 ある時、部屋で宿題をしていて見つかり、戸外に連れ出され、バケツの水を頭からぶっかけられたこともありました。それだけは徹底していました。いまとなれば、記憶力、集中力の寄与になったのかな? と思うこともありますが、学校では宿題をやらない学生で、教室の後ろとか、廊下とかに常に立たされていました。

 私は小遣いで毎日、、貸本屋から数冊ずつ、本を借りてきて、乱読です。大衆小説、時代小説、サラリーマンもの、ミステリーには決まって艶のある文面があるし、思春期の私には好物でした。卑猥な本を借りてきても、父は読書に対して何ら口を挟みませんでした。(それがストーリーづくりに役立ったのだしょう。現在でもストーリーで苦しむことは殆どありません)。

 30歳の独学のスタートとして、基本勉強だと思い、「小説技法」「文章読本」の類を読むことからはじめました。丹羽文雄、三島由紀夫、野間宏、井上ひさし、川端康成、どの本にも、テーマ(主題)は大切だと書いています。とたんに、テーマという言葉がよくわからなくなったのです。

「テーマを決めて書きなさい」
 そう述べている項目を見て、
「テーマってなんだろうな?」
 と考えるほどに、頭のなかが混とんとしてきました。テーマとは入江を航行する、進路のようなものかな、海図かな、羅針盤かな、と迷いに迷いました。
 やがて、私の恩師となった伊藤桂一さんにも「テーマ」という言葉がわからないんですが、執拗に質問したものです。

 約10年間はひたすら、テーマとは何か、で苦しみました。


 いまや小説、エッセイを教える身になっても、「テーマ」の項目になると、思わず構えてしまいます。どう説明したら、ストレートに解ってもらえるだろうな、と考えてしまうのです。
 
 テーマが定まらない作品は、思いつきで、ダラダラ書いているものです。この作者は何を言いたいのかわからない。冗漫なところが多い、という酷評になります。と同時に、読者が見限り、放棄してしまいます。

『あなたは何を書きたいのですか』
 そう質問すると、多くの人は書きたい話の内容(ストーリー)をしゃべれても、書く上で重要なテーマとなると、覚束ないものです。

【事例研究】

『前々から書きたかったもの、突如としてひらめいたもの、印象深かったもの』それが次の例文だったとします。

①「台風の接近で客船が大揺れし、船酔いするし、大変な旅だったの……」
  
         → 作品化するとすれば、テーマは何ですか

②「エスカレーターで転倒して、救急車で運ばれて、太ももを7針も縫ったのよ……」

          → 書きたいテーマは何ですか

③「奥州路を歩いていたら、古寺の八重桜が綺麗で、とても感動したわ。それを書きたいわ」

           → 明瞭なテーマはありますか

 このように、書く段になってもテーマは決まっていないものです。それが普通です。私は10年間悩んだ結果、一つのテクニックを発見しました。【コツです】

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【推奨・図書】いまこそ私は原発に反対します。=日本ペンクラブ編

 私は昨年末、吉岡忍さん(作家)と、ある大学構内で、ふたりして3.11を語っていた。その折、吉岡さんが、日本ペンクラブ(浅田次郎会長)編の原発関連作品の締め切りが迫っていると言い、「老人と牛」のストーリーの一部を語っていた。

 同クラブから、12年3月1日に『いまこそ私は原発に反対します。』(平凡社、1800円)として、発刊された。PEN会員52人が執筆している。編集責任者は同クラブ・編集出版委員会・森ミドリ委員長である。

 短文、短編、詩歌もありで、とても読みやすく、読者が自分の好きな作家の拾い読みをしただけでも、脱原発の声がじわーっと伝わってくるものだ。

 現代の出版は、売れる作品が優先する、コマーシャルイズムに影響されている。同書に掲載された作品は、編集者や出版社に媚(こ)びた内容ではないし、それぞれが作家精神まるだし。思想信条の自由という点からも、現在には数少ない出版物だろう。
 

副題を列記しておくと、
 
 ・「今日のあなたへ、明日のあなたへ

               佐々木譲『Rさまへの返事』他3編

 ・「紡がれた物語
 
               阿刀田高『笛吹き峠の鈴の音』 他8編   

 ・「うたう、詠む、訴える

               アーサー・ビナード『ウラン235』 他7編

 ・「深部へのまなざし

              雨宮処凛『泣いているだけじゃダメなんだ』 他8編

 ・「語り伝えること

              浅田次郎『記憶と記録』 他20編


                       ※長いタイトルの一部は割愛があります  
   
 

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