小説家

純文学が庶民にもどる=小説3・11『海は憎まず』皆さんの感想から(下)

小説3・11『海は憎まず』は、私小説・純文学です。一般庶民の目で、読みにくいか否か、それはどうでしょうか。読者の皆さんの感想です。

④ 【溝口さん 学友】

 海は憎まず。タイトルを(は)にされた意味十分につたわてきます。災害報道、テレビ、写真、沢山溢れましたけれども、被害当事者の深い深い本音悲しみ等、それぞれの立場の人たちが時を経て伝えて欲しいことが良く理解できました。

 3.11.の大災害の事をこの本で、後世の人達に残す、災害文学者として新分野を拓き大変良い仕事をされたと思います。
 また、彩さんとの絡みで違う分野、方向に題材を求めて行けば面白いものが書けるとふと思いました。これからはますます多忙を極めると思いますが、体には無理をしないで頑張ってください。

⑤ 【高原さん 元気に100歳クラブ・元教授】

 早速読ましていただいております。すばらしい書き出しで、迫力がありました。
 全編を読んだら、感動ひとしおと存じます。


⑥ 【佐藤さん 大学院教授】

 写真が掲載されていますと、読者に臨場感が伝わってきますね。これから一言一言かみしめながら拝読させて頂きます。
 以前3・11の授業を行ったとき、石巻のゲストスピーカーが、いつまでも関心を持ってほしいということでした。そのためにも、3・11を小説にされたことは素晴らしいことだと思います。


⑦ 【高橋さん・フォトエッセイ受講生】

 5日にアマゾンで「海は憎まず」を注文し、到着次第、一気に読み終えました。発刊おめでとうございます 改めまして力作です
 現地での取材なくしては、書けない内容です。長時間の取材苦労や生々しい話が随所に出ています

 私達が日頃接している、テレビ・新聞はどうしても美談仕立てや苦労話が好きなようです。
 この小説のいろいろな場面で出てくる、マスメディアへの批判は痛快です。マスメディアは、日常よく出くわす平凡な場面には冷たく、被害が大きかったり、悲惨なシュチエーションが大好きなのです。そのくせ、「メディアはもっと詳しく、日の当たらない人達を取り上げなくては」などど、平気でおっしゃる。この本には、テレビ・新聞だけでは、全く知りえなかった情報が各ページににじみ出ています

 先生との個人的な会話の中で、断片的には伺っておりましたが、大島の話、稲崎中学校長の話、警察署長との話などは、他のメディアでも、もっと注目していいように思われます。もっとも作家の方だから、話してくれたのかも分かりませんが・・。それと、被災者同士の複雑な感情、仮設暮らしの方が恵まれている話などは、この小説を読んで初めて知る人も多いと思います

 私も震災の半年後、陸前高田から碁石海岸あたりを廻った時の衝撃は、今でもはっきり覚えています
今は、あの時のガレキは相当減っているようですが、各人の心の傷は個人差が出てきているのでしょうね。
 新たな目標に向かっている人も多いのでしょうが、自分に置き換えても、年を取ってからのやり直しはハンディキャップが多すぎます。
 数年経ってから後、先生が関わった人のその後も知りたいものです

 この本を読んだ人は、被災を身近に感じ、発生が近いと言われる地震津波に無関心ではいられなくなるでしょう。これからも、このような取材活動を継続し、先生による、新しい「災害小説」のジャンルを確立して下さい。今後のご活躍を期待しております

 それにしても青山彩をうまくからませましたね。まずは興奮冷めやらぬ読後感でした。

続きを読む...

純文学が庶民にもどる=小説3・11『海は憎まず』皆さんの感想から(上)

 これまで芥川賞などの悪影響で、純文学は読んでも訳のわからないもの。難解で、文字が読めても内容がわからず、とても読む気がしないと言い、一般庶民は純文学からはそっぽを向いてきました。

小説3・11『海は憎まず』は、私小説・純文学です。「小説は人間を書くことだ」と、まず述べています。庶民の目として、この先を読んで、むずかしい文学だと感じるでしょうか。どうでしょうか。

 『海は憎まず』を手に取ると、読者は作者とおなじ目線で、主人公「私」といっしょに被災地を回われます。
 TV、映画、報道ではまず味わえない、被災者たちの心理や本音が次つぎ聞くことができます。メディアが伝えきれていない、あるいは伏せてきた被災地の人々の生き方、考え方、ものの見方にも接しられます。

「えっ、こんなことがあったのだ」と読者と主人公が一緒になって、驚くことができる。「人間って、そうだよな」と、作家とおなじように感じられる。
 それらが13章にわたる人間ドラマとして、克明に、わかりやすく、書かれている。読み手は次つぎに現地の人たちに感情移入ができる。だから、読み応えのある作品ですね、という評価が寄せられているのだろう。

 プロ作家からは書出しからして良いね、とか、一般のオバサンたちもラストまで思わず一気に読みました、と言ってくれます。
 芸術ぶって気取り過ぎだった「純文学」が、いまここに一般庶民の手にもどってきた。「海は憎まず」で、純文学・小説が庶民の手に取りもどせた。それは大げさでしょうか。

 寄せられた、メールやはがきなど、一部を任意に紹介してみます。

続きを読む...

タイトル:なぜ「海を憎まず」でなく、『海は憎まず』か。「を」、「は」の違い

 多くの人から、文法的にみれば、『海を憎まず』ですよね、と訊かれる。カルチャー教室でも「小説」を教えている作家なのに、単行本のタイトルの助詞が間違っている。そんな顔もされる。

 人間の立場、人間の眼から見れば、「海を憎まず」だ。それは当然の疑問だろう。

 海を主体に置いた、海の方の視点でみれば、「海はなにも人間を憎んでいない」。大自然は決して人間の敵ではない。
 人間が憎いと思って、海が大津波を引き起こしたわけではない。人間側と海側と、双方の眼から見れば、「海は憎まず」が中庸として成立する。

 さかのぼること、同書を書くために三陸の各地を回っていた。陸前高田市で、ある50代の漁師を取材中に、
「津波は必要なんだよ」
 と真顔で話す。
「えっ。必要なんでか、津波が」
 私はびっくりした。
 
 東日本大震災は人間社会を破壊した。こんなにも大災害で、大勢の死傷者を出し、漁船など生産手段を奪われながら、なぜ津波を怨んではいないのか、私には理解ができなかった。

「津波は、人間が汚した海底の、どぶ掃除をしてくれるんだ。津波がくるたびに、海がきれいな状態に戻ってくる。数年に一度は津波がこない、と日本人は魚介類を満足にたべられなくなるよ」
 そう言われると、人間はあまりにも海を無造作に汚しすぎてきた、と妙に反省するものもあった。

「何十年に一度は、とんでもない大津波がくる。船もイカダも、一切合財津波が持っていかれてしまう。その時は、悲しくてつらい。でも、海から(漁獲で)貰った財産だ、生涯に2度くらいは海の神様に返す。そう自分に言い聞かせている」

 この話は、気仙沼大島の漁師もまったく同様に語っていた。
「2、3年に一度の津波はとてもありがたいんだ。津波は海岸に近いヘドロを沖まで、熊手のように、あらいざらい沖へ持って行ってくれるんだ。台風など嵐は海上の上辺だけが波立つだけで、海底の掃除までしてくれない」

続きを読む...

第67回・元気100エッセイ教室 = テーマの絞り込みについて

 叙述文(エッセイ、小説)を書き慣れていない人は、「これは面白いネタ(素材)だ」と思いついた、着想の段階からすぐ書き出してしまいます。
 着想とテーマとが混同し、その違いがわかっていないからです。

 「どんなテーマで書かれるのですか」
 そう問うと、ストーリーを説明する人が実に多いのです。テーマとはなにか。それ自体がわかっていないからです。

「わが娘の結婚が決まった」
 それを書こう。この段階はまだ着想です。着想から書き出すとどうなるでしょうか? 
 勢いよく書きはじめたものの、途中で止まってしまいます。書いては改め、あらためては書く。またしても、書き直す。
 こうした試行錯誤の繰り返しで、無駄な労力が多くなります。最悪は途中で、放棄です。できあがりは不統一で、読者に充分に理解されない作品になります。

『テーマとはなにか』
 どのようにテーマを決めるべきか。作者として、たとえば「娘の結婚の」何を言いたいのか。作者の「私」は何を主張したいのか。
 この結婚はなにが問題なのか。声を出して言いにくいことは何か。それらを突きつめていくと、最も重要な事柄にたどり着きます。それを取りだせば、テーマです。

 テーマは一言で短く。それが大原則です。
 最も解りやすいのが、『結婚は人生の墓場だ』。これを考えた人は、結婚式の喜びだけでなく、その後における男女の立場で、結婚生活から人生を突き詰め、深く絞り込んでいった結果、たどり着いた結論です。
 これがテーマの絞り込みです。

 テーマが決まれば、そこから筆を取る。テーマに対して素材の肉付けをしていけばよいのです。テーマが明瞭なほど、材料を次つぎに注ぎ足しても、ごく自然に作中に吸収されます。そして、テーマがエンディングに書き記されます。

『結婚は人生の墓場だ』
 これならば、テーマがしっかり絞り込まれていますから、夫婦喧嘩からでも書き出せます。蜜月の新婚の回想でも、離婚の調停の場でも、どんな素材でも受け付けてくれます。
 エンディングで、主人公が一言「結婚は人生の墓場だ」と呟けば良いのです。

続きを読む...

〝災害文学〟小説「海は憎まず」出版=『東都よみうり』に掲載

 小説 3・11「海は憎まず」(日新報道・1600円)が4月2日から、全国の書店で発売されます。アマゾンなどネットは4月5日頃です。

 東京の東部を中心に20万部を発行する『東都よみうり』(読売新聞の姉妹紙)で、出版を前に、同著の紹介記事が掲載されました。

 タイトルは「津波被災者の内面描き 〝災害文学〟小説「海は憎まず」出版 葛飾区の作家・穂高健一さん」です。作品の骨子とか、プロフィールが紹介されています。


記事全文はこちら

穂高健一著、小説3・11「海は憎まず」の執筆姿勢について

 拙著の小説3・11「海は憎まず」(日新報道)は、岩手県と宮城県の大津波の被災地が舞台になっている。諸般の事情で出版が少しずれ、3月末に刊行し、4月2日から全国の書店にならぶ。

「戦争文学」はあるのに、なぜ「災害文学」が生まれなかったのだろうか。災害後の人間の生き方、心の傷、差別、ねたみ、希望などはフィクションだからこそ、描けるはず。災害報道やノンフィクションとなると、人物が特定されるから、本音はとかく書き切れないものだ。ある意味で、綺麗ごとになってしまう。

 しかし、フィクションならば、「人間って、こういうこともあるよな」、「えっ、こんなことが起きていたの」という人間ドラマが描き出せる。それが「海は憎まず」である。

 関東大震災のとき、白樺派の文豪たちは何していたのだろうか。
 志賀直哉などは蜂の死骸(城崎にて)を書いても、大災害の被災者たちの日々を書き残してくれなかった。谷崎潤一郎は震災後、わが身を案じ、急きょ京都に永住している(遁走)。文豪たちは、後世に伝えるべき震災後の人々を書いてくれなかった。大震災でも、「災害文学」は生まれなかった。

 小説家は「都会の俗塵から離れ、芸術に専念する」という大義名分で逃げてはダメである。

 東日本大震災3・11は千年に一度の大災害である。こんどこそ、小説家は「災害文学」を作り出すべきだと、私は考えた。そして、毎月、三陸に出むいた。
 大船渡、陸前高田、気仙沼、気仙沼大島、南三陸町、閖上、女川で被災者に向かい合った。可能な限り本音を赤裸々に語ってもらい、それらを丹念に取材し、一つひとつをドラマ化し、書き上げた小説である。人間のほんとうの真実がある。

 日本は災害列島である。「災害報道」と「災害文学」は両輪の輪である。ひとたび災害が起きれば、災害報道の写真や記事だけでなく、プロ作家、アマ(同人誌、学校文芸誌など)で、誰もが被災後の人々を描き、あらゆる角度、それぞれの立場で書き残す。
 こうした「災害文学」の機運を作りたいと考えている。

「海は憎まず」が、災害文学の先駆になることを願っている。


関連情報

題名 : 小説3・11「海は憎まず」
著者 : 穂高健一
出版社 : 日新報道
ISBN978-4-8174-0759-7 C009
定価 1600円+税

書店で、予約受付中です。(初版本は予約がお勧めです)
ネット(アマゾンなど)は4/5頃になります。

朝日新聞・書評委員会メンバーの立石ツアー・深夜まで悦に(中)

 朝日新聞・書評委員会のメンバー13人が、京成立石駅の線路側にある、『呑んべ横丁』に驚嘆していた。古い飲み屋街だ。日本国内を探しても、これほど古い飲み屋街はそうもないだろう。

 アーケードは低く、細長く、2本通っている。『終戦後』『敗戦後』という言葉が似あう。そのことば自体がもはやはるか彼方に遠ざかり、それを使う人もほとんどいない。むしろ、『昭和の町が似合う』と置き換えた方がわかりやすいだろう。
『呑んべ横丁』は閉店した店もあるが、いまなお数軒が細々と営業している。昼過ぎから開店する飲み屋もあれば、かなり遅い時間から開けるところもある。さまざまだ。

 同メンバーたちは興味の目で、『呑んべ横丁』の路地を何度も往復する。

「軒が低く、暖簾の下がった店入口が低い造りばかり。それは終戦後の日本人が栄養不足で、背が低かったから、当時の身長に見合ったものです」
 昭和史研究家の保坂さんがそう語っていましたよ、と出久根達郎さんが教えてくれた。
「なるほど」
 私はやはり研究家は観る視点が違うなと思った。

 朝日新聞「文化くらい報道部」の記者が、「横須賀にはレプリカでこれに似た、『昭和の飲み屋街』をつくっているんですよ。行列ができるほど繁盛しています。この「呑んべ横丁」は本もの。これをなぜ、もっと生かさないのかな?」と首を傾げていた。

 この先『のみや横丁』は取り壊される、そうした運命にさらされているようです。京成電車の路線拡張とか、高架線とか、駅ビル開発とか、いろいろ取りざたされている、と私が説明すると、
「残すべきですよ。横須賀などは町おこしで、あえて創っているんですよ。もったいない」
 同記者は、そう強調したうえで、あらためて取材にきますと話す。彼は経済関連の書評の担当記者のようだ。

 書評委員会のメンバーの一人は、ネットで事前に知り得た「鳥房」が火曜日休みで残念がっていた。

 立石駅の踏切警報機が鳴る音がひびく。それを聞きながら、わき道、さらに折れ曲がった細道へと入っていく。夕方4時で、まだ日が高いけれど、駅裏の飲み屋の一部は営業している。むろん、客は入っている。立ち食い鮨屋などは客があふれている。

「立石はこんなにも、早く店が開いているんですね」
 それが奇異に感じるらしい。
「もっと早くに店は開いていますよ。人気店の『うちだ』などは」
 その背景の説明をした。

続きを読む...

朝日新聞・書評委員会メンバーの立石ツアー・深夜まで悦に(上)

 直木賞作家の出久根達郎さんから、1月半ば頃に、1通の手紙が届いた。出久根さんはいつもながら和紙で達筆の太文字だ。
 朝日新聞の「書評委員会」の会合で、出久根さんが葛飾・立石の話を持ち出したところ、大いに盛り上がりました。ついては、「立石ツアー」を企画したいので、地元作家の私にコーディネートしてもらえませんか、という内容だった。


 希望日は2月19日(火)だった。

 この日は空いていたので、私は出久根さんに、OKですよ、と電話を入れた。書評委員会のメンバーのみならず、記者、編集委員なども参加するから10人くらいだという。記者などは仕事の都合で、遅れてくる。
 それはそれとして、当日15時から駅前の喫茶室で落ち合い、あとは下町らしいところを見てもらいましょうと、出久根さんもよく知る街だけに、ふたりの間でツアー企画のルートはすぐまとまった。

 数日後、出久根さんから、和紙の手紙がきた。いつも感心するのは切手が絶妙の味がある封書だ。参加を表明したメンバー紹介で、朝日新聞の【読書】では常に出てくる名前だ。

   保坂正康さん(昭和史研究家)
   小野正嗣さん(今回の芥川賞・候補、三島由紀夫賞受賞)
   中島岳志さん(評論家)
   揚逸(ヤン・イー)さん(平成20年・芥川賞・受賞) 
   山形浩生さん(野村総合研究所・上級コンサルタント)
   上丸洋一さん(朝日編集委員)
   原真人さん(同)


 書評委員会メンバーと朝日新聞・記者たちを含めると、13、4人となりました、と記す。私にすれば、日本ペンクラブの仲間には良いぞ、好いぞとなにかと誘いながらも、一方で毎日見慣れている街だけに、「昭和が残る、葛飾・立石はそんなにも好奇心に満ちた街かな」とむしろ驚かされた。

 そういえば、思い出すのは朝日新聞の素粒子を書いていた、轡田隆史(くつわだ たかふみ)さんだ。立石にべたぼれで、私の顔を見ると、「テレビ朝日のニュースキャスターだった、小宮悦子さんも、立石にきたがっているんだよ。派手な顔立ちは似合わず、泥臭い街だからな、まだ実現せずだよ」と話す。その実、轡田さんは友人と立石に通い詰めていると語っている。

 書評委員会の13人となると、とても一人で対応できない。そこは出久根さんのことだ、若いころから古本屋仲間である、「達っちゃく」「岡ちゃん」という間柄の、立石の古本屋の主である岡島秀夫さんに声掛けをされていた。この岡島さんは客商売をしながら、「ケータイ、名刺は持たない。手紙は書かない」と言う、明るく愉快な親父さんだ。

 同日、京成立石駅前の喫茶店には、夕暮前の3時に集まった。同委員会をサポートする、編集長も記者もやってきた。余裕を15分ぐらい見てから、同駅から徒歩2分もない、葛飾区伝統産業館(山中定男館長)に出むいた。

 同館は江戸時代からの技が生きている、葛飾区伝統職人会が運営する。館長、副館長、今回の労を取ってくれた松井喜深子(きみこ・伊勢形紙)さんたちから展示品の説明を受けた。


 出久根さんから事前に参加者に、同館の資料が配布されていた。
 東京桐箪笥 江戸木彫刻 東京仏壇 竹細工 銅版仏画、東京手描友禅 唐木細工、彫金 硝子彫刻 鼈甲(べっこう)など、数々の品が陳列された、

 芸術品的な品物を前にして、メンバーはかなり驚かれていた。それぞれが質問をする。

 全品が手作りで即売している。

続きを読む...

第66回・元気100エッセイ教室=描写力について

 エッセイにおいて、描写文は必要で不可欠な技法です。描写文を上手に書くコツはなんでしょうか。それは対象をよく観察し、作者のことば(文字)で写生することです。
 文章から、読者の想像力を刺激し、イメージを作らせることです。

 描写文と、説明文とは対極にあります。ビジネス文などは殆どが説明文です。叙述文学(エッセイ、小説)では描写文で書き進んでいきましょう。

 作者はよく知っている人、物、事象ほど、説明文で簡単に書いてしまう傾向があります。悪い例として、
『妻は犬の散歩から帰ってきた。そして、買物に行ってくるわ、とスーパーに出かけた』
 と書いてしまうと、読者はどんな妻を連想をするでしょうか。

 作者自身はわが妻ですから、よく知っているでしょう。だが、読者には妻の年齢、顔の特徴、容姿、着るものの趣味などまったくわかりません。となると、読者は概念で考え、月並みな妻のイメージをもってしまいます。これでは人物描写にはなりません。

人物描写のテクニックを身につけましょう

  登場する人物の外観と、性格と、癖とを3つを組み合わせるのがコツです。そうすれば、登場人物が立ち上ってきます。

 ・外観……似顔絵を画くのように、特徴を見出して書いていく

      眉には斜めの傷跡がある 縞柄の派手な服をきた三十代の女性 

 ・性格……長所・短所、際立った精神的な特徴などを書く
 
     図太い性格だ はにかむ態度 見下した口の利き方をする 

 ・癖……言動、四肢の動きなど、瞬時の同じくり返しを取り上げる
 
    緊張すると指をかむ癖がある 話しながらメガネを拭く
  

続きを読む...

第65回・元気100エッセイ教室=作品の盛り上がり

 元気100エッセイ教室の受講生を対象に、最も指導してほしい技法は何んですか。16項目を示し、アンケートを取ってみた。最も多かったのが、『作品の盛り上がり」だった。

 長編小説ならば、「ラストでクライマックスを作りなさい」と前置したうえで、構成(ストーリーの組み立て)を中心に説明すれば、おおかた理解されるものです。

 しかし、エッセイとなると、原稿用紙に換算しても、3-5枚が平均的ですから、この範囲内で盛り上がりを作るには、かなり文章技法(テクニック)を要します。
 
 一般的に、エッセイは誰にでも書けそうな気がするものです。題名をつけて、それに見合ったエピソードを並べていく。ただ、それだけの作品は低調で、面白みがなく、迫ってくるものがありません。つまり、盛り上がりに欠けた作品になるだけです。
 読むほうも、退屈で、ときには苦痛を伴います。
 そんな作品は例を出すまでもなく、世のなかに一杯あります。

 エッセイにしろ、短編小説にしろ、枚数が少ない場合は、「盛り上がり」はどのようにテクニックで創作するべきでしょうか。
 まず書出しから緊張とか、強く興味を引くことからスタートさせることである。

 旅客機に例えれば、滑走路を走っている段階は捨ててしまい、離陸した瞬間の全開したパワーアップから書き出すことです。そして、1万メートルに達した時をもってエンディングにする。つまり、常に上昇させることで、作品が盛り上がってきます。

 プロ作家(級)を除けば、多くの人の初稿はだいたい滑走路から書いています。だから、平板になったり、冗漫になったり、盛り上がりに欠けてしまうのです。ひどいときは離陸せずに終わってしまいます。

「原稿用紙の前1枚分くらいは棄てるのがちょうどよい」
 こうすると、多くの作品は急上昇している最中から運ばれてきます。
 この先は、素材が小さくても、エピソードを積み重ねながら、『読者が先を知りたい、もっと先を読みたい』と運んでいけば、まちがいなく盛り上がってきます。

もっと先を読ませる3大要素

続きを読む...

ジャーナリスト
小説家
カメラマン
登山家
「幕末藝州広島藩研究会」広報室だより
歴史の旅・真実とロマンをもとめて
元気100教室 エッセイ・オピニオン
寄稿・みんなの作品
かつしかPPクラブ
インフォメーション
フクシマ(小説)・浜通り取材ノート
3.11(小説)取材ノート
東京下町の情緒100景
TOKYO美人と、東京100ストーリー
ランナー
リンク集