A020-小説家

穂高健一著「歴史は眠らない」立ち読み ① これは恋愛小説なの、歴史小説なの

穂高健一著「歴史は眠らない」の『立ち読み』シリーズを書くにあたって。そのきっかけとなったのが、読者の声からである。

「男女の恋がはらはらして、引き込まれて、四作品とも一気に読めました。こんなにも男女の機微(きび)を上手に書ける作者とは思いませんでした」
 そんな声が多く寄せられた。
「ぼくはかつて純文学作家だよ、数十年は苦節で売れない小説家だった。8つの文学賞(本名での受賞)はすべて純文学作品だったし。本業だよ。男女の機微を書くのを得意としていたし、文学賞も多くいただいた」と電話とか、SNSとかでそれをおしえた。

「なぜ、歴史作家になったのか」。このシリーズ「立ち読み」に入るまえに、予備知識として、私の作品歴をかたっておこう。その方が作風もわかるし、だから穂高健一はこんな執念で、歴史の通説をくつがえすことに燃えて執筆しているのか、と読者に理解していただけるとおもうから。

             ☆  

《純文学の小説家で、歴史作家から縁遠かった》              
 五十歳代のときに、著名な作家から酒の場で、「穂高よ。お前はストーリーテラの素養が充分あるんだ。貧乏もいいけれど、奥さんのために、いい加減に、売れる作品を書いたらどうだ」という叱咤(しった)に近い助言があった。妻のためか......と胸が痛むことばだ。
 シェパード3匹も飼う邸に、お嬢様育ちの女性が、私と結婚し、数十年も貧乏生活をつづけている。内職しながら、女性特有の、あなたは家事をいっさい手伝わないし、とボヤキがはじまる。「苦節10年だ、待ってくれといわれ、20年も待ったわ。もうすぐ苦節30年ね」と妻から嫌味を聞かされる。

《風向きが変わった》
 知人から雑誌社を紹介されて、ミステリーの連載小説を書くことになった。毎回、読者のコーナーに作品への期待が載るほど好評だった。

 毎月の連載は、頭脳(あたま)のなかで、ストーリーを先読みし、計算し、状況を組み立てて、犯行と遺留品と目撃者などをリンクさせておく必要がある。
「書き下ろしミステリー作品」ならば、犯人の手がかりや証拠などは、一冊分が一通り書き上げたあとから、出版社にだす前、さかのぼって伏線を忍ばせられる。
 ところが、月々の連載となると、そうはいかない。発売後に手を入れられないからだ。

 私の技巧は、自分でも解決できないような犯行の手口、解決のむずかしい高高度の設定をだしておく。さて、どう解決するか、と考える。たとえば、

ーー北アルプスに単独登山の20代の若者が遭難した。不可解な死から司法解剖すれば、胃袋から海に浮遊するクラゲが採取された。透明性が高いクラゲは心臓も血管もなく、栄養分もなく、人間は食べない。なに一つ犯行として結びつかない。

 作者の私には、解決の道筋がまったく判っていない犯行の設定である。だから、ひも解いていく読者にも犯人像などわかるはずがない。この予想外の設定が、読者の興味を引きつけていたようだ。

ーー解決のヒントは、南極のペンギンは頻繁にクラゲを捕食していることだ。
 雑誌連載だから、後もどりして〈犯行現場は北アルプスでなく、水族館に修正する〉ということがきない。
「失敗したな、こんな乱暴な設定で」と苦しむ。そこで、「逆転の発想」「どんでん返し法」をつかい、私の頭がフル回転させて殺人犯にたどり着く。ストーリーテラといわれる所以(ゆえん)だった。
 それなりに私自身も謎解きに参加できるし、解決できた安堵感は心地よかった。

《それでも、ミステリー作家は嫌いだった》
 あらたな作品は毎度、血なまぐさい殺意を入れる。人殺しは人間の尊厳(そんげん)を失うものだ。その考えから、私はいつも自己嫌悪に陥った。ミステリーは自分の体質に向いていないな、と常づね思いつづけていた。
《サスペンスは人を殺さないで書ける》
 危機一髪をいかに乗り越えるか。これならば、私は自分に合っていた。主役はスーパーマン的な頭脳と、ごく自然に生まれる偶然をどう展開させるか。危機から脱出させていく。臨場感がある。書き手としてゲーム感覚でたのしい。
 ただ、サスペンスも文学作品から縁が遠く、「人間の本質を追求する」という小説家の本来のしごとでなく、たんに売り物の作家だな、という未消化な気持だった。

《とびこんできた歴史小説》
 連載していた雑誌社の女性編集長から、「坂本龍馬を連載で書いてくれませんか」という依頼があった。「えっ。龍馬とか、家康とか、秀吉とかは大物作家の領域でしょう」
 おどろく私の脳裏には、吉川英治、司馬遼太郎、池波正太郎、大佛次郎など次々に大物の名まえが横切った。
「穂高さんなら、良い歴史ものは書けるわよ。取材力と推理力があるから。文章力は高いし」
 女性編集長の煽(おだ)てかもしれないが、私はすぐさま自分を納得させられた。
 さかのぼれば、中学生の時には鎌倉将軍3代、足利将軍15代、徳川将軍15代はすべて漢字で書けるほど歴史ものは好きだった。引き受けた。

『人間は数千年経っても、おなじことをくり返す。歴史から学べば、過去を知り、将来の指針となる』
 私は読者に役立つ歴史作品を書こう、と決意した。

 為政者(政治家・軍人)はとかく歴史を作為する。国民を都合よく誘導するためのプロパガンダである。さかのぼれば明治、大正、昭和(~太平洋戦争)、戦後においてさえも、政治家はじぶんたちに都合よくプロパガンダで国民を誘導してきた。
「疑いのない通説ほど、巧妙なねつ造がある」
 これを破壊するぞ。私の執筆する態度は売れるとか、損得とか、儲け意識とかは土俵外においた。ともかく、歴史の通説の欺瞞(ぎまん)をぶち破る精神であった。

「より史実(経歴、出来事、諸々)に近いところで書く」
 刑事に似た気持ちで取り組む。「これはきっと後世の作り物だ」という人間洞察から疑問がわいてくる。まずは「刑事は現場100回」というミステリータッチの捜査から「取材」を心がける。足しげく現地を訪ねる。子孫や郷土史家から思わぬ話しを拾い上げる。そして検事・裁判官のような立場で、裏付けの史料をあさり、物証を重ね合せていく。ゆるがぬ歴史の真実の新発見がある。

 私にはもう一つの特技がある。純文学は「人間の本質」を追求するもの。「人間って、こんな行為などしない。こんな超人的な活動などできない」という疑問がつねに脳裏で回転している。
 通説と向かいあえば、おおむね「ねつ造」がどこかにある。それが解(と)ければ、裁判所の「逆転判決」という局面におよぶ。私は確証をえたならば、それを通説をくつがえす歴史小説として世にだしてきた。

「明治政府のおこなった歴史のわい曲は、日本国民のためにならない」
 それが私のライフスタイルになった。

 歴史小説は私の体質に合っているし、歴史ものを何年も書きつづけてきた。このたびの「歴史は眠らない」は「歴史教育のわい曲こそが戦争を招いた」がメインテーマである。ぜひとも、大勢の人びとに、日本はこんなひどい歴史の隠ぺいやわい曲やねつ造をおこなってきた、と知ってもらいたい。
「読んでもらい、口コミなどで大勢に広めてもらいたい。政治家がウソで広めたプロパガンダを知ってもらいたい。それには中高校生以上ならば、よみやすく、男女の愛や情や温かさに興味をおぼえるストーリーで展開する。歴史の真実がごく自然に理解できるように」
 むろん私は純文学作家だから、男女の恋心や情感など大の得意とする。まさに「水を得た魚のごとく」イキイキと登場人物を立ちあげている。

 四つの収録作品は、いずれも魅力的な人物を克明に描いた。それを列記しておこう。

・「九十二年の空白」はサンフランシスコ生まれの東京の音大四年生の女子が、望まない瀬戸内の島に教育実習にいくはめになった。魅力的な彼女は、おなじ中学に教育実習にやってきた実に風采の上がらない三十初めの離婚歴のある院生と出会う。問題児をふくめた男女生徒や教職員らが島の中学校で生き活きと活動し、読者が映像で観るように展開させている。

・「幕末のプロパガンダ」は、開港した横浜の富貴楼・女将のお倉はとても艶っぽく、彼女が幕末動乱の歴史をより興味ぶかく誘い込んでくれる。

・「俺にも、こんな青春があったのだ」は、主人公の若き海軍中尉・高間完が、日英同盟にもとづいて地中海のマルタ島に任務ででむく。マルタ島で革命家の女性と禁じられた恋をする。

・「歴史は眠らない」は、太平洋戦争のあと、琉球人女性が学生用パスポートで東京の大学に留学していた。そこで恋に落ちた。妊娠するも日本には法律でとどまれず、男子大学生と涙の別れで琉球(沖縄)に帰国した。沖縄復帰から数十年が経つ。沖縄歴史ツアーの講師の歴史作家と、参加者の女性薬剤師と恋が芽生えはじめた。その実、ふたりの間には三親等の血がつながりがあり、結婚できない。歴史がつくった国境の愛と人間の葛藤ドラマである。
 

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