【良書・推薦】 山﨑保彦著「老船長のLog Book」 まさか、こんな人生が、あるなんて
『老船長のLogBook』出版案内
山﨑保彦著「老船長のLog Book」(定価1,600円+税、紙とペン書房)が2020年6月に発刊されました。
人生における3度の奇跡、生と死、家族愛、生きる勇気と逞しさとが、読者の感動と感激を誘います。
「まさか、こんな人生が、あるなんて」
そんな驚きの連続です。
Log Book とは航海日誌です
広島一中(現・国泰寺高校)2年生のとき、それは昭和20年8月6日で、ふだんより朝1時間ほど早く、翠町(みどりまち)の自宅を出ました。
広陵(こうりょう)前から電車にのり、相生橋を通り(7時15分頃)、学徒動員として地御前(じごぜん)の兵器工場に着きました。8時から、上半身は半裸体で恒例の体操です。
8時15分に原爆がさく裂しました。
『せん光が走り、一瞬目がくらんで、あとは何事もなく静かだった。こんどはものすごい爆風で、工場の窓枠とガラスが、一面に飛んできた。全員が地面に伏せた。「待避」と指揮者が叫んだ。中学生は防空壕に向かって走った』
わき上がった不気味な雲の下はどす黒く、地上の火焔を反射して深紅だった。けが人がトラックで、次つぎに工場に運ばれてきた。
翌日は、郊外電車は動かず、己斐(こい)から無残な市街地(原爆ドームの南)を通って、翠町の自宅に帰ってきたのだ。
かれの進学希望は、江田島・海軍兵学校だった。だから、4か月前に上海の中学から広島一中に転校してきていたのだ。
終戦で、海軍兵学校は消えた。そこで、東京商船大・航海科に進み、大阪商船に入社した。
三等航海士から、「海の男」として、危機一髪の海難事故、病気、客船ではお客の水葬、海難救助と、息をつく間もなく、一気に読ませる。
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一等航海士として、アルゼンチンの方の水葬の場面は圧巻です。
『わたしが葬儀の担当になった。水葬はお棺が大きすぎると、ボートになって浮いてしまう。ご遺体の寸法を計測した。沈めるための砂嚢(さのう)の重量も決めた。頭側には4分、足側には6分の重量配分をおこなった。そして、頭側に小穴を4カ所、足側にも6カ所開けた』
これで水葬のとき海面との衝撃で破損することもなく、浮くこともなく、静かに入水していくだろう。
一等航海士のかれは船内放送で、水葬をお知らせした。
『乗船客のお別れの挨拶もすんだ。お棺のなかを見ておどろいた。すきまなく廃棄予定の救命胴衣がびっしり詰まっていたのである。
老コックさんが、「深い海のなかでは、仏さんは寒いだろう」と思って入れたのだ。気持ちはわかるが、これではお棺が浮いてしまう。
最後にお棺の上にアルゼンチン国旗をかけ、固く縛った。
船長がおおきく船を旋回させると、白い航跡が円くレースを敷いたような静寂な海面ができた。
デッキからお棺を滑らせる。お棺はいったん海中に消えるが、ふたたび姿を現し、ゆっくり流れて、やがて足元から静かに沈んでいった。
汽笛長三声が悲しさを誘う。』
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こうしたドラマとエピソードが次つぎにつづくのだ。
山崎さんが一等航海士から、船長になれば、紅海のせまい海峡でエンジン火災を起こす。ハプニングの連続である。ロンドン支店駐在船長、ふたたび大型船の船長となる。
海の男の極限の戦いが、写真とイラストも加わり、読みやすさがあります。
退職後の山﨑さんは、「大阪湾パイロット」となりました。晴れた日もあれば、嵐もある。危機と背中合わせの仕事である。同僚の痛々しい事故にも遭遇する。
やがて、山崎さんは国際パイロット協会の副会長に就任される。世界で発言する船乗りになったのです。
「この体験は必ず書き残すべきですよ。後世のためにも」と私(穂高健一)は勧めました。
16ページにわたる『写真が語るLog Book』も愉しませてくれます。内容の濃いカラー写真がつづきます。
『関連情報』
問合せ先 平木滋(広島ペンクラブ・会員)090-4027-0353