A020-小説家

【推薦図書】 出久根達郎著 「名言がいっぱい」

 人間の性格はそう変わるものではない。ものの考え方、見方は変わる。出久根達郎著『名言がいっぱい』(あなたを元気にする56の言葉)を読んで、そう思った。清流出版、定価1700円+税(9月4日発行)。帯には「心が疲れた……、そんなときに効く あの人のあの名言」と記す。
 それはやや控えめな表現で、出久根さんの内心は、「生き方も変わる、座右の言葉が見つかるよ」と言いたかったと思う。

「名言の背景がわからなければ、名言のありがたみも感動もない。発したものがどういう経歴のかたか知らなければ、通りいっぺんの言葉と聞き流してしまう」。体験から得た言葉は、尊い。そこから元気をもらう、と出久根さんは述べている。

 著者のアドバイスに従って、読者が良く知っている人物、経歴がわかっている、そういう人物から読めば、即座に心にひびく名言に出会う。

 私は幕末史に取り組んでいる今、勝海舟、坂本龍馬、岩崎弥太郎、川路聖謨あたりから、読んでみた。その実、日露修好条約を結んだ川路はあまり好きではなかった。私は下田にもなんどか取材に行った。川路の下田日記が手元にある。他の資料からしても、東海大地震直後のロシア提督との外交交渉は、中村為也(勘定組頭)の苦労に乗っかりすぎている。それで後世に川路の名が残った、と。

 しかし、私は同書から川路を見直した。
「奈良奉行」時代の川路は「おなら奉行」のあだ名をつけられていたとか。奈良では鹿を殺すと死刑であるが、暴れる鹿を取り押さえたが誤って死なせてしまった人に温情判決をしたとか。博打を厳重に取り締まり、与力同心への付け届けを禁じたとか。
 人間としては魅力あるな、という認識に変わったのだ。

 小説家では、夏目漱石、尾崎紅葉、吉川英治、山本周五郎、田山花袋、森鴎外……、と精読させてもらった。周五郎は数多くの文学賞を断る一方で、家計を考えず、ひたすら良い小説を書きつづけていた。タンスの中に夫人の着物が1枚もなかった。
 かれは小説「かあちゃん」のなかで、『貧乏人には貧乏人のつきあいがある。貧乏人同士は隣近所が親類だ。お互いが頼りあい助け合わなければ、貧乏人はやってゆけはしない』と展開する。それら文章が紹介されている。

 尾崎紅葉は親分肌の人で面倒見がよく、弟子たちの文章はていねいに添削し、おめがねに適えば、出版社に売り込んだ。弟子の泉鏡花は「小説作法だけでなく、世間常識、言葉遣い、食事のエチケット、金銭の扱い方、交際法など、人の世に生きるための知恵をすべて教えられた」と語っている。
 私は各講座で、作品の添削をしているので、ここらは肝に銘じるものがあった。
 
 同書から、先入観が変わったのが、二宮尊徳、小林一茶、沢村貞子(女優)、金栗四三(マラソン)などである。

「私はこの物語にずい分悩まされたのを覚えています」(美智子皇后)、「細道を歩む時は、端によけていれば、人は突き飛ばさない」(野口英世の母・シカ)、「長生きをするためには、まず第一に退屈しないこと」(物集高量・もずめたかかず)、目次の名言から入っていった。

 とくに感銘させられたのは、「ごめんね」っていふと「ごめんね」っていふ。(金子みすゞ)である。結婚して、子どもを産んで、離婚して、26歳で自殺した。3・11大震災のあと、公共広告で流れたから、多くの人が知る。
 彼女は死後40年間は無名だった。
『イワシの大漁で浜は祭りのような大にぎわいだが、海の中では何万のイワシのお葬いをするだろう』。 彼女の詩の感性は純真、思慮が深い。凡人にはとても及ばない切り口の鋭さがある。

 詩人・金子みすゞを40年後に発掘し、世に知らしめたのは当時、大学1年生だった矢崎節夫である。「名言がいっぱい」の目次(人物)に表記されていないが、矢崎のような興味深い人物も出てくるのも、同書の特徴である。

 名言の人物はほとんど日本人である。あとがきの「一冊の本が世界を変える」(マララ・ユスフザイ)はすごい。彼女はパキスタン人で下校中のスクールバスが、テロリストに銃撃され、頭を撃たれたが、奇跡的に助かった。16歳の彼女が今年7月、国連で演説した。

 演説の内容まで、私が書いてしまうわけにはいかないが、実に強烈な心にひびく言葉である。出久根さんは「死の淵を見た本人(マララ・ユスフザイ)が語っている言葉だから、名言なのである」と記す。
 

 関連情報
 
 清流出版((株)) 03-3288-5405

名言がいっぱい

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