A020-小説家

「小説は腐らない」の格言通り。「千年杉」のアクセスが上昇中

 日本ペンクラブの広報委員会の第1回会合が6月10日に開かれた。今回も、私は同委員会の委員に指名されたので、それに参加した。(任期は2年間)
 この会合の後、同事務局の井出次長から、ふいに「電子文藝館『小説』に掲載作品された、千年杉のアクセスがすごいね」と前置きし、「穂高さんが自分で毎日何回もアクセスしているんじゃないの」と冷やかされた。
「まさか。掲載後は一度も開いていませんよ」
 同作品が文学賞を受賞してから18年経った今、多くの人に読まれはじめたことで、新鮮な驚きを覚えた。と同時に、この作品は不思議な運命を持っているな、と感じ入った。

 電子文藝館の作品は日本ペンクラブの歴代会長とか、過去からの著名作家の作品、および現役会員においては書籍、商業雑誌などに掲載された作品が採用される。
 同委員会で採用が決定されると、どんな著名な作品でも、同委員2人による常識校正が行われる。

 「千年杉」を担当した、神山さん(詩人)と眞有さん(大学教授)からは、
「校正の途中から内容に引き込まれ、夢中で読んでしまいました」
 と賞賛のコメントが寄せられた。

 私は原稿が手元を離れると、掲載されても、その作品をまず読まない。それはなぜか。作品はなんど読み直しても推敲しても、その都度、誤字・脱字、言い回しのおかしな点が見つかるもの。作品が世に出回った後で、自分の目でミスを発見すると、自身に失望を覚えるからである。
(自分の掲載作品は読まない、という作家もかなりいる)

 2012年に、同ペンクラブ・電子文藝館に「千年杉」が掲載された。2か月くらい経った後、よみうり文化センター小説講座の受講生から、「先生、続きはいつ出るんですか?」と訊かれた。
「えっ、連載じゃないよ」
 調べてみると、後半の3分の1が不掲載だった。もし、そのまま放置されていたならば、光が当たらず、見向きもされなかっただろう。
「掲載後は、作者がすぐチェックしないと困るな」
 大原雄委員長からは叱責を受けた。
 ITの技術的なミスで、すぐに修正された。

「井出さんもあのトラブルを知っているでしょ。あれ以来、私は千年杉を開いていませんよ。そんなに千年杉が読まれているんですか」
「アクセス数が突出して目立っているよ」
 と教えてくれた。

 千年杉は、第42回地上文学賞の受賞作品(平成7年1月発表)で、4人の選者の満場一致で決まった。当時の編集長が、
「選者全員が同一作品を推すなんて、この賞では稀有ですよ。実は、候補作品を選ぶとき、千年杉は選外でした。農事関係を対象とした賞がゆえに」
 この作品は外せない、と強く主張し、候補作に推したのだという。

 そんなことを思い出しながら、私は改めて18年前の作品「千年杉」を読み直してみた。

  主人公の男性は高校・大学のアメリカ留学で、ボランティアの重要性を会得し、帰国してから商社マンとなった。結婚から5年後は会社を辞めて、山間の過疎の村で、施設を作る。東南アジア・日本人女性との間で生れた国際孤児たちの養育だった。
 最初のころ村人は人口増で歓迎だった。孤児が増えると、村のイメージが悪くなると言い、村長たちとの間で軋轢が生じてくる。やがて、その村が山津波に襲われる。

 執筆・投稿は平成6年だった。テーマは村人の嫌がらせにも屈しない、強靱なボランティア精神だった。その当時、私が使った「ボランティア」という表現自体はめずらしく、一般的に「奉仕精神」と言われていた。

 阪神淡路大震災(平成7年1月)が発生した後、ボランティア活動の有益性が世のなかで報じられはじめた。
 千年杉はそれ以前に創作されたもので、すでにボランティアの重要性を作品化していたのだ、と私は自分の着想に驚きすら感じた。
 3・11では全国から大勢の人が被災地に入った。現代はボランティア精神がスムーズに世の中に溶け込んでいる。千年杉はむしろ今日的だと思った。だから、支持されて読まれているのだろう。

 千年杉はラストシーンで、山津波の恐怖に及び、一気に結末へと展開していく。迫力があるし、着地もびたり、と自己評価できる。小説3・11「海は憎まず」は三陸の大津波である。海と山の津波も妙な縁である。
 3・11は千年に一度と言われたし、この題名が千年杉とはな……。
「みたび息を吹き返すとは、数奇な運命を持った作品だな」
 私は読み直しているさなか、良い小説は腐らない、長く読まれ続ける、という格言を思い出した。


                          写真は『地上』(1995年1月)の掲載より
                          絵:矢野 徳さん

日本ペンクラブ電子文藝館の『千年杉』はこちらをクリック


   

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