第5回・文学仲間たちと『谷根千(やねせん)』を歴史散策、そして居酒屋
日本ペンクラブの広報委員会、会報委員会の有志がごく自然に、3カ月に一度は集まり、歴史散策している。第1回目は昭和の町・葛飾・立石だった。そこで意気投合し、次なるは小江戸の川越、浅草・隅田川、深川・門仲と歴史的な町を散策してきた。
こんかいが何回目か忘れていると、新津きよみさん(推理小説作家)がメールで5回目です、と教えてくれた。7人のメンバーが同一日に集まれる日取りとなると、ピンポイントの1日のみで7月11日(水)だった。集合場所は、日暮里駅と決めた。井出さん(PEN事務次長)は急に担当委員会が入り、不参加となった。総勢6人である。
谷根千(やねせん)とは谷中、根岸、千駄木の地名の総称である。明治時代から文豪たちが好んで住み、それら情景を作品に取り入れてきた。文学散策のコースとして人気がある。
清原さん(会報委員長、文芸評論家、歴史家)がコースを選定する。
日暮里駅前から、整備された石畳の御前坂を登っていく。セミが鳴く。女性陣の山名美和子さん(歴史小説家)と新津さんは日傘を手放せない、つよい夏日差しだった。と同時に、水分・アイスクリーム補給である。
通りの右手の経王寺(きょうおうじ)は、1868(慶応4)年の上野戦争の時、彰義隊を匿ったために、政府軍の攻撃を受けている。
現在も、砲弾を受けた珠の傷が寺門に残っていた。
谷中の商店街は、古い建物のデザインを残しながら、観光的にも整備されている。物珍しいものが多い。「錻力屋」(ブリキや?)という店構え、鉄製の灯籠、薬膳カレー、とか目を凝らせば、ひと昔前の日常生活の店が並んでいる。
赤穂浪士ゆかりの寺、谷中七福神の寺なども、足を運んでいく。
平成4年に『まちがど賞・台東区』を受賞した、観音寺の築地塀.は見応えがあった。屋根瓦を葺いており、黒色を基調とした、横縞模様が重みを感じさせてくれる。塀の長さは約50メートルくらいだった。
この辺りには土壁でなく、木製の格子造りで屋根を葺いている、真新しい塀があった。新旧の町の変化が感じられた。
路地で横たわる猫が多い町である。猫を素材とした、置物販売店もある。
全生庵墓地には、剣豪で、なおかつ江戸開城の功労者だった「山岡鉄舟」の墓がある。もう一人、落語中興の祖として有名でな、初代三遊亭円朝の墓もある。
円朝の囃子が新聞で、言文一致体(口語体)で載ったことから、それ以降の文学に大きな影響を与えた人物である。
団子坂の名前の由来は諸説ある。それはともかくとして、坂の上には夏目漱石、森鴎外、高村光太郎などが住んでいた。当時は東京湾の海が見えたようだ。
現・東京大学が近い、偉人坂なども、文学的な背景となった場所である。
相澤さん(広報委員長)がお茶を習う『睡庵』で、屋敷や茶室を見学させてもらう。築88年で、第二次世界大戦の戦火でも焼けずに残っている。それだけに、戦前の渋さが十二分に漂う家屋だった。
茶室の床の間は一輪挿しと掛け軸で、落ち着いた雰囲気をかもし出す。床柱は艶やかであった。畳は京間のサイズで、障子の張り方も古風で手が込んでいる。茶室から見る庭は圧巻である。
さりげなく置かれているようでも、小物の座布団、うちわ、蚊取線香といい、整理されている。作家たちの目を惹いていた。
吉澤さん(日本ペンクラブ事務局長)は、天井の板張り、天窓の明り取り、ふすまの連づかみ、千鳥づかみなど、関東と関西の違いにつよく興味を持たれていた。
和室の電球傘は竹造り。部屋に移る通路は書院風の趣があった。1mごとに純日本式屋敷の妙があった。作家たちはみな質問を次々に向けていた。
茶室『睡庵』を後にすると、徒歩でも近い、千駄木の旧安田楠雄邸に出向いた。
邸内を案内するガイドが、「普請道楽の実業家である藤田好三郎さん(遊園地豊島園の創設者)が、。大正8年に建てられた、近代和風住宅です」と入り口で説明した。
関東大震災の後は、財閥の安田家が譲り受けた。一家が長く住み続けてきた豪邸である。平成8年8月には、建物を文化財として保存活用するために、日本ナショナルトラストに寄贈されている、と話す。
豪華な家具や応接セットが並び、ガラス障子が多い洋和室である。四季の園庭の光景が室内で愉しめるデザインが施されていた。
「雪景色の庭の風景と、しだれ桜は美観です。カメラをもって訪れる人が多いです」と再園を薦められた。
夕方4時半ごろになると、居酒屋が恋しい。「指人形・笑吉工房」に立ち寄った。露木光明さんが創作した作品は、実在する人物、歴史的な人物の特徴をとらえた、可笑しさが漂う。(見学は無料・写真撮りOKである)。歴代の首相などは、面白い。
時間帯が合えば、「指人形 笑吉」のパフォーマンスによる似顔絵描き(有料)があるという。
谷根千(やねせん)の歴史散策は、夕方5時で終わり、恒例の飲み会である。相澤さん(広報委員長)が予約した、飲み放題の「吉里」(きり)に入った。
外観の出入り口よりも、店内は古風な造りで、心が一瞬にして癒される。掘りごたつ式個室で、座るのも楽だし、小さな庭園が目を休ませてくれる。「早くのどをうるおしたいな」といいながらも、最初の飲み物がくるまで、待ち時間が苦痛にならない。好い感じだ。
とても居心地の良い空間で、気品溢れる懐石料理と飲み放題。シャブシャブもついて、5000円だった。純和食の数々が並び、美食と文学論で過ごす。
男性陣はこれそれ安い、下町特有の一般食堂に入り、終電車を気にしながら、語り合った。