A020-小説家

昭和30年、40年代の酒場街が、わが住まいの近くに残っていた

 学友3人が私の住む下町に集った。1人は大学時代に高円寺で、焼いも屋のバイトをしていた。卒業後は日本電信電話公社、NTTの幹部にまでなった。彼にはどこか泥臭さがある。それが魅力である。彼に良く似合う店ということで、京成立石駅裏の繁盛店の『うちだ』に招いたのだ。

 モツ煮屋は満席だった。1時間ほど喫茶店で時間をつぶしてから、やっと席に着けた。この店はほとんどんどが町工場の工員たちである。みな常連だ。下町特有の気さくな雰囲気があるし、隣り合う客とすぐさま気さくな会話ができる。

 串焼きは170円。どんな品目があるのか、店内には表記されていない。戸惑っていると、隣り合う客が、ハッとか、レバーとか、シロとか、親切に教えてくれる。さらなるは店の価格体系まで、説明してくれる。

 工員たちは大半が1000円以内の支払いで、席を立つ。客の回転が速い、と元大学教授はしっかり観察していた。もともとこの店を発見したのは彼だった。

『うちだ』は酔客になると、追いだされる。3人は2軒目の呑み屋を探す。元大学教授は、このあたりの情報をしっかり持っていた。踏切を渡ると、新宿・歌舞伎町の酒場街によく似た場所があるという。

 私にすれば新発見というよりも、35年もこの町に住んでいながら、駅から1分のところに、昭和30年代に遡ったような、酒場がひしめく路地裏があったとは意外だった。まったく気づかなかったこと自体がおどろきだった。

 ある意味で、この路地裏は学生時代をよみがえらせてくれる格好の場所だった。雰囲気が昭和40年ごろにそっくり。気持ちも学生にもどる。軽口も、悪態もぽんぽん飛びだす。
 こうした路地裏を使った、短編小説を書いてみたくなった。

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