私がはじめて文学賞を受賞したのが、1995(平成7)年1月の第42回地上文学賞
『千年杉』です。受賞作が月刊誌『地上』に掲載されました。その作品を日本ペンクラブの電子文藝館に転載しました。
同誌に掲載された、4人の選者の選評(千年杉のみ)をここに掲載します。
井出孫六さん
留学経験を持つエリート商社マンが、混血の孤児たちを連れて過疎の村に行き、風倒木を使って孤児たちの空間を建設しようと苦節する物語。
村人たちの陰湿な妨害に悩まされつつも、千年杉が倒壊し、山津波が呑まれていく日、風倒木の家だけが難を逃れたのを知って村人たちは主人公を前に土下座して謝る。前半の展開の不十分さにもかかわらず、後段で畳みこんでいく神話的手法の寓意性が他の作品にぬきんでて、受賞をもぎとったといってよい。
伊藤桂一さん
受賞作「千年杉」は、一般に農民文学のテーマとなる、過疎、嫁不足、後継者問題、出稼ぎ、減反、風水害等と全く違って、東南アジア難民の孤児数名を連れて、田園生活の中でこれら孤児を育成しようとする、主人公夫婦の健闘ぶりを描いている。
後味のすがすがしさは、主人公の、いかなる苦難にも耐えてがんばってゆく生き方の姿勢と、その志の故だろう。こうした、自分たちの欲得を離れて、社会のために尽くそうとする、主人公の心意気を描いた作品は、この賞ではめずらしい。細部においては、気になる点もないではないが、精一杯力をこめて、ドラマチックに仕上げてあって、読んでいておもしろかった。
長部日出雄さん
千年杉は、すでにテレビドラマ化できそうな現代性があって、
1.若者に支持されること
2.とりわけ若い女性を惹きつけられる魅力があること
3.世界に通用すること
以上の三条件を、かなり満たしていると思う。
日本とってこれから避けられない国際化の問題を、山村に持ちこみ、しかも歴史と環境の象徴である千年杉と結び付けて、未来への方向性をさぐろうとした着想がよく、冒頭からの伏線を生かした劇の組み立てもうまい。
こういう作品に目をつける野心的なプロデューサーはいないものだろうか。
平岩弓枝さん
受賞作『千年杉』は、なによりも登場人物の性格や行動を説明でなく、事件の進行に従って、無理なく読者に理解させようとしていることで、全体がすんなりとまとまっているのが読みやすかった。
ただ、この作品の最大の欠点は、この主人公が何故、これほどの犠牲を払っても、外国人孤児を育てることに熱中したのか、その動機について書かれていない点である。
主人公は高校時代から留学経験があり、堪能な語学力を生かして貿易会社に勤務していたというので、それだけの人生を捨てて、孤児の施設づくりに取り組もうと決心したきっかけはなんだだったかをしっかり書いてあると、この作品に説得性が出て来るし、魅力が生まれたと思う。
出来れば、この作品が活字になるとき、その部分を書き足されては如何なものか。おそらく、作者は動機について考えられて居られたに違いなく、それを書きそこなったのではないかと思う故である。
【作者・注】平岩さんのご指摘が、編集部の加筆許可となりました。施設づくりのボランティア精神が生まれた背景を加えたうえで、作品が世に出ました。
※「受賞の言葉」が同誌に掲載されていましたので、一部抜粋をしてみました。
2年余りの闘病生活。その病床で小説を書きはじめてから苦節10年を目標にやってきました。が、さしたる成果はなし。さらに鳴かず飛ばずだった苦節に20年の区切りがきた今年、地上文学賞の受賞でした。じつに嬉しく思っています。
千年杉を書くにあたって、わが国の国際化が進めば進むほど、孤児の問題が拡大すると予測し、その一方で農林業家がかかえる村おこしの問題とからませてみました。
掲載作品はこちら、日本ペンクラブ・電子文藝館・『千年杉』をクリックしてください。