【書籍紹介】茂吉のプリズム=齋藤茂吉歌集 150首妙
日本文学の原点ともいえる短歌が英訳されて、海外で広まっている。
結城文さんは、歌人であり、日英翻訳者である。日本ペンクラブの会合でお会いした時、「茂吉の英文・和文の短歌を発刊しました」と話された。翻訳自体よりも、茂吉の短歌が読んでみたくなった。その旨お話すると、彼女から『茂吉のプリズム』(ながらみ書房・定価2100円)が届いた。
『齋藤茂吉歌集 150首妙は、訳者は北村芙紗子、中川艶子、結城文の各氏で、監修はウイリアム・I・エリオットさんである。同書の「あとがき」を引用させていただくと、
いま海外で最も知名度が高くて、研究されている歌人は石川啄木であり、与謝野晶子である。日本の伝統定型詩や短歌を紹介していくうえで、齊藤茂吉の歌をすこしまとめて英訳していく必要がある。
短歌に対する茂吉の終生ひたむきな姿に、訳者の3人は心うたれたという。かつてはドナルド・キーン氏のコロンビア大学の教え子の研究と英訳がある。
3人氏は日本人の側から英訳をみたい、同じ気持ちから、同翻訳に取り組んできた。
茂吉は少年時代から、東北から斉藤紀一の養子になり、東京に出てきた。戦時ちゅうには東北に疎開し、終戦後、ふたたび上京する軌跡をたどっている。その身は東京にあっても、みちのくに深く根を下ろしていたといえる。
茂吉は『万葉集』の研究に傾注した。それをもって短歌には声調をなによりも重じた。もう一つは欧州に滞在体験した、一種のグローバリズムである。
ニーチェも、ゴッホも、人麻も、芭蕉も、西行も、茂吉のなかでは同じ平面に生きてきた。
もう一つ特筆すれば、茂吉がこの上なく忍耐の人であった。辛抱づよく、苦難に満ちた、一生を感受しつつ生き抜いた。
短歌史的にみて、「上海のたたかいと紅い鳳仙花(ほうせんか)」「めん鶏と剃刀研人(かみそりとぎ)」の歌のように、まったく関係ない二物衝突の、今までの和歌にない新境地を短歌の世界にもたらした。つきせぬ泉のような魅力を読者に与える。(同書・あとがきの抜粋)
上記、説明文にからむ、短歌として、
『たたかいは上海に起り居たりけり鳳仙花紅く散りゐたりけり』
「めん鶏ら砂あび居(ゐ)たれりと剃刀研人は過ぎ行きにけり」
茂吉の人生にからむ
『をさな妻こころに持ちてあり経(ふ)れば赤き蜻蛉の飛ぶもかなしも』
『みごもりし妻いたはりてベルリンの街上ゆけば秋は寒しも』
『終戦のち一年を過ぎ世をおそる生きながらへて死をもおそるる』
『陸奥(みちのく)をふたわけざまに聳(そび)えた蔵王の山の雲の中に立つ』
これらが同書で英文にて掲載されている。短歌と英訳の関係で、奇妙な現象が起きた。
茂吉の短歌には母親を詠った平明なものから、内容が読み取りがたい難しいものまである。難解な短歌は知ったかぶり、あるいは読み飛ばしてしまうのが常だ。
短歌が英文だと、却ってこういう意味なのかとおぼろげながら理解できたりするから不思議だ。
日本人の訳者3人による、短歌の解釈だとすると、茂吉の短歌が妙に説得力を持ってくる。
【関連情報】
発行所 ながらみ書房
〒101-0061 千代田区三崎町3-2-13
03-3234-2926
ウイリアム・I・エリオットさん:関東学院大学・名誉教授
北村芙紗子、中川艶子、結城文の各氏は日本歌人クラブ会員