IOCのブランデージ会長・バッハ会長=「黒い9月」のさらなる悪の連鎖を起こさないか
「平和の祭典」。きれいなことばの響きの裏には、報復と復讐の恐ろしい連鎖がある。「東京2020オリンピック大会」はコロナに関係する緊急事態下で、開催の是非をめぐって国論が二分した。
開会式の直前になっても、運営面の方々から不祥事が起きた。しかし、IOCのバッハ会長、日本国政府は、無観客による開会式に踏み切った。NHK、全世界の国営級で、約4時間にわたり放映された。
私も大きな騒ぎになった開会式だから、TVを観ておく必要がある、と最初から最後まで一部始終ていねいにみていた。
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開始式の冒頭に「ミュンヘン・オリンピック大会」(西ドイツ)のイスラエル選手殺害事件の犠牲者、およびコロナ犠牲者に対して追悼式の黙祷がおこなわれた。東京会場は無観客でもあり、静寂な雰囲気が伝わってきた。
「えっ、ずいぶんハイ・リスクなことを背負うのだな。こんな追悼式のセレモニーを日本で催して、日本政府、JOC、バッハ会長らはだいじょうぶなのかな」
と私は思わずつぶやいてしまった。
いま、日本国民はTVを観て、金・銀・銅だと歓喜に沸いている。
しかし、政治家や大会関係者らは、イスラエル・アスリートの追悼式の後が気にならないのだろうか。
「日本赤軍の岡本公三(こうぞう・熊本出身)は、いま英雄として生存しているんだ。日本赤軍の壊滅宣言はまだ出されていない? もしや、この東京2020オリンピック会場にパレスチナ武装組織『黒い9月』の連鎖と報復から、かれら日本赤軍がある日、突然、会場に現れないだろうか」
私は内心ひやひやしている。
この大事件は1972年8月、オリンピック開会式から10日目に起こった。とてつもなく重大な国際事件だった。関係者はそれを失念しているのか、勉強不足ではないだろうか、と思う。
【ミュンヘン・オリンピック大会事件の経緯をたどってみよう】
1972年5月30日、岡本公三ら複数の日本赤軍が、テルアビブ空港(イスラエル)で自動小銃を乱射し、民間人を26人を殺す。ロビーを血の海にした痛ましい事件が起きた。
ただひとり逮捕された岡本は、裁判で終身刑になった。捕虜交換後、出所して現在は、レバノン政府が岡本公三の政治亡命を認めている。
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岡本公三らのテルアビル空港乱射事件から、約3か月あと、同年8月26日から『1972年ミュンヘン・オリンピック大会』が17日間の予定で開催された。
開催日から10日が経ったときにイスラエル・アスリート殺害事件が起きたのだ。
アラブのテロリスト8人が覆面をして、自動小銃と手りゅう弾などで武装し、ミュンヘンのオリンピック選手村に侵入し、イスラエル選手の宿舎のアスリートやコーチを人質に取ったのだ。そして「黒い九月」と称するかれらは犯行声明文を出した。
イスラエルに監禁されているパレスチナ人、日本赤軍の岡本公三、ドイツ赤軍幹部、あわせて234人の釈放を要求してきた。期限内に解放されないと人質は射殺する、と。
そこには、日本人の岡本公三の名前が具体的に出ている。それほど、岡本と日本赤軍はこの問題から重要視されて注目されていた。つまり、日本人が深くかかわった事件なのだ。
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イスラエルは国防軍部隊の派遣すると、西ドイツ政府に申しでた。西ドイツは他国の軍隊の自国での活動を認めなかった。
当時のドイツは第二次世界大戦の戦後処理が完了しておらず、国内の領土が西ドイツ、東ドイツ、と分割されるなど、ナチス・ドイツ時代の暗い影が色濃く残していた。西ドイツ政府は 軍備も武装も積極的でなかった。
それゆえに西ドイツはテロ対策の特殊部隊をもっていない。地元警察がこの事件の処理に当たった。
かたや、各TV局がこの事件を生中継しており、「黒い9月」側のメンバーには、政府側の情報が筒抜けとなっていた。
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西ドイツの作戦は、『テロリストと人質を空軍基地に移動し、そこからルフトハンザ航空で、カイロに逃亡させる』というところまで事態を運んでいった。
その先、手違いもあり、地元警察が「黒い9月」と銃撃戦をおこなう。装備に不十分な警察が逃げ出してしまった。かたや「黒い9月」のほうも基地内のヘリコプターを自爆させた。手足がつながれて目隠しされたアスリートたちは逃げ出せず、全員が死んだ。(一名は選手村から脱出していた)
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この間、IOCのブランデージ会長は、「テロごときに脅されて辞めるような脆弱な祭典ではない」とつよい信念で、競技の継続を訴えた。
ドイツ国民は中止をもとめて猛反対した。各地でデモも起きた。ブランデージ会長は反ユダヤ的な言動だったといわれている。「何としてでも、大会は中止しない」と言い放った。わずか数日の間があったが、競技を継続させた。
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これだけで終わらなかった。IOCのブランデージ会長の強気と反ユダヤ的な態度と思想が、イスラエル側をより刺激させた。
この事件のイスラエル報復作戦がすさまじく、シリア・レバノンの空爆をおこなう。そのうえ、イスラエル諜報特務庁(モザト)を発足させて『神の怒り作戦』と称し、「黒い9月」を支援したり、関係したりした人物をヨーロッパ各地から探しだし、暗殺していく。その数は20人以上だともいわれている。
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「目には目を」アラブ側も、民間航空機のハイジャック事件などを起こす。「復讐と報復」の連鎖になった。中東戦争の原因にもなっている。
この根本には第二次世界大戦が起因となった民族・宗教問題の根深い対立があるのだ。当時、日本赤軍がそこに加担していたのだ。
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その後において現代まで、ドイツ政府は「ミュンヘン事件」公式の調査・検証がなされていない。この問題は長く尾を引いてきた。
その証拠に、4年に一度のオリンピック大会が開催されるたびに、イスラエル側が『アスリートの犠牲者追悼』を求めてきた。いずれの開催国(都市)も、関わり合いを避けてきた。IOCは45余年間にわたり一度も追悼式を行わなかった。それが由縁である。
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このたび「東京2020オリンピック大会」で、49年目にして初めて「ミュンヘン大会犠牲者の追悼式」がおこなわれた。
追悼式を決めた日本政府の菅首相、JOCの橋本会長、バッハIOC会長らは、このミュンヘン大会後の「復讐と報復」の連鎖がもはや終了したと確信をもって、東京2020オリンピック大会・開会式に追悼式を催したのだろうか。
全世界の人々はTVで実況中継を見ている。イスラエルも、アラブの国々のひとも。日本の立つ位置をどう見なしているのか。
ミュンヘンオリンピック大会のイスラエル選手殺害事件には、当然ながら、岡本公三たち複数の日本人の左翼思想革命家がつよく関わっていると知っているはず。それを承知で、日本政府やIOCは初の「追悼式」を行ったと見とみなすかもしれない。とても、気にはなるところだ。
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極左テロ組織の日本赤軍といえば、多くの日本人には、「あさま山荘事件」、「旅客機同時ハイジャック」「商社マニラ支店長誘拐事件」など痛ましい国内外の事件が数々に焼き付いている。
かれら日本赤軍はアラブ諸国で英雄視されたうえで、現地人らは日本赤軍の自爆テロを模倣し、幼い子供らも命と身を犠牲にしている。それはいまなお現代まで続いているのだ。
わが国において、警察庁・公安の発表と報道がないので、日本赤軍の存在はわからない。消滅しているのか。ならばよいが。岡本公三のように「英雄」として存在する人物もいる。かれらが組織テロをおこなっているとすれば、何をするかわからない。この認識が一般的だろう。
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「東京2020・オリパラ」の大会が終了したあと、200余国のアスリートたちがそれぞれ帰国していく。それら民間機がハイジャックされないか、と心配になる。これは単なる杞憂(きゆう)だろうか。
オリ・パラの選手と関係者たちが、無事に母国に帰れるまで、日本政府、JOC関係者、バッハ会長らは責任を背負うべきだ。特に、バッハ会長はドイツ人にして、より事件の重さと追悼式の位置づけを知るはず。IOCのブランデージ元会長も、決して良い判断だったと思えない。今回の追悼式を開催させたバッハ現会長は、この点のリスクをよくよく重く受け止めておくべきだろう。
日独がともに同盟を結び、敗戦を背負ってきた。この歴史は消えていない。
日本人はミュンヘン・オリンピック大会から、この双方の痛ましい犠牲者の霊を背負っている、と忘れてはならない。
開会式に端を発して最後の最後まで何が起こるかわからない。警備をふくめて緊張感をもって臨む必要がある。すべてのアスリートの身を守ってあげるのが、国際的な責任だ。
メダルの数とか、アスリートからの感動や感銘、安全安心をもって成功だった。ワクチンとスポーツでコロナに打ち勝ったとか。安易に打ち揚げてはならない。「東京2020オリンピック大会」の成功とはすべてのアスリートたちの無事の帰国をもって行うべきだろう。
「了」