心臓手術4回の80歳でエベレスト登頂。攻めの健康法で成功した
2016年8月11日には、祝日「山の日」としてカレンダーにのってくる。山にどう向かい合うべきか。
80歳でエベレストを登る冒険家もいれば、那須の山道の腐葉土を歩きながらふわふわ感を楽しむ山歩きもある。山と動植物の保護の視点から、後世への影響を考える研究者もいる。あるいは断崖絶壁を登る若手クライマーもいる。
山には数々の楽しみ方がある。山から学ぶこともあるし、一方で後世を考える機会にもなる。
栃木県の主催によるシンポジウム『ふるさととちぎの山の魅力・山の恵み~「山の日」を考えよう~』が、5月27日(火)に、栃木県総合文化センターで開催された。第1部はパネルディスカッション、第2部は『最高齢エベレスト登頂への道のり』と題した、三浦雄一郎さんの講演が行われた。
福田富一栃木県知事は冒頭のあいさつで、「地元出身の船村徹さん(作曲家)から、「山の日」の提案がなされました。そして、祝日になりました。これからはいっそう山に魂を吹き込み、育て、守り、次世代に引き継ぎましょう」と述べた。
第1部はパネルディスカッションで、コーディネータは磯野剛太さん(全国「山の日」制定協議会事務局長)である。
「山の魅力は登山やハイキングだけではありません。海に対する恵みを生みだすところです。祝日を機会に、山としっかり向かい合ってほしい」
と制定後のありようについて語り、パネリストに引き継いだ。
・ 萩原浩司さん(山と渓谷社・編集長)は、NHK百名山の編さんに携わる。
「奥日光はコンパクトで美しい配置になっています。山岳、中禅寺湖、戦場ヶ原など天が創造した傑作です」
と栃木県の山の魅力を語った。
・ 谷本丈夫さん(宇都宮大学名誉教授)は、森の生い立ちからの研究に取り組む。最近は特に注目する事柄として、
「酸性雨の被害で、日光の杉並木が衰退しています。鹿と餌の関係で、尾瀬ヶ原などの貴重な高山植物が荒らされています」
と山が抱える問題点を取り上げた。
・ 安間佐千さん(あんま さち、プロフリークライマー・写真左)は、宇都宮生まれの大学生。フリークライマーの世界チャンピオンである。
2012年、2013年と連続してワールド杯の総合優勝をなしている。フリークライマーの何が面白いのか、と自問して聞かせてから、
「岩場は世界中にある。アイスクライミング、アルペンクライミングと、いろいなスタイルがあります。岩の形状はみな違うし、晴ればかりか、雨風もあります。自然のなかで、人間がギリギリに登れるか否か、そんな山もあります。私は世界の魅力ある岩を登たい」
とみずから限界に挑戦していく意欲を語った。
・ 本間裕子さん(那須平成の森インタープリター)は東京生まれの東京育ちで、小笠原の母島で都レンジャーとして森の保護活動をしてきた。その実績で、那須に移り住む。
「那須に訪ねてきた人たちに、山をゆっくり時間をかけて山と森を観察してもらっています。樹皮のザラザラ感や樹木の温度。腐葉土のふわふわ感など、自然そのものを感じることができるのです。拾ってきた葉っぱを並べてみると、木々が生きてきた歴史の違いが解ります」
とインタープリターの役割について説明する。
第2部の講演で、三浦雄一郎さんは70歳、75歳、80歳と3度もエベレスト登頂を成し遂げた。
「80歳で登頂した後、下山では体力を使い果たし、死神の甘い声が聞こえてきました」
それは人間の限界だったと語る。
講演では、エベレスト登山そのものよりも、日々の鍛錬を主として語った。登山は登りで体脂肪を燃やし、下りで糖を燃やす。と同時に、心肺機能を高める。こうした医学的な予備知識を聴衆に与えてから、三浦さんは60歳代で、体脂肪40、体重90キロもあり、そのうえ狭心症で心臓がすぐドキドキする、メタボの体だったと前置した。
ここは体質改善をかねてエベレストを登ろうと目標を定めた。不整脈で4度も心臓手術をしているし、膝の半月板がすり減って1ミリもないし、これまた痛い。そのうえ、スキーで骨折もしている。
こんな状態で、家族にエベレスト登山など話すと、反対されるに決まっているから、黙っていた。そこで、足腰を鍛えるために、『攻めの健康づくり』に励んだという。それはいかなるものか。
「足首に1キロの錘(おもり)をつけて、ザックを背負い、町なかを歩きました。食生活も改善し、早寝早起きに徹しました」
そうすることで、体を改善し、鍛えることができた。膝の痛みが少しずつ取れてきて、半月板が4ミリになった。富士登山にも出向いたことから、骨の骨密度が20歳代になりました、と話す。
エベレスト登山の成功の秘訣は、高度順応(高山病の予防)のために、ベースキャンプまで、若い登山家人よりも2倍の日数をかけて歩いた。それが良かったので、標高8500メートルまで元気よくつけた。ここでは登山の常識をくつがえし、「ウニの缶詰、鮭、手巻き寿司、お茶会もやりました」と面白く、食べ物にも凝ったと話す。
この先は冒頭の死神がささやくほど、体力と脚力を使い果たすのだけれど。
三浦さんのふだんの足腰をつくる攻めの健康法は、山好きな聴衆が多い中で、それぞれに体質改善、体力向上のやる気、あるいは何らかのヒントをもたらしたと思われる。