登山家

心臓手術4回の80歳でエベレスト登頂。攻めの健康法で成功した

 2016年8月11日には、祝日「山の日」としてカレンダーにのってくる。山にどう向かい合うべきか。
 80歳でエベレストを登る冒険家もいれば、那須の山道の腐葉土を歩きながらふわふわ感を楽しむ山歩きもある。山と動植物の保護の視点から、後世への影響を考える研究者もいる。あるいは断崖絶壁を登る若手クライマーもいる。

 山には数々の楽しみ方がある。山から学ぶこともあるし、一方で後世を考える機会にもなる。

 栃木県の主催によるシンポジウム『ふるさととちぎの山の魅力・山の恵み~「山の日」を考えよう~』が、5月27日(火)に、栃木県総合文化センターで開催された。第1部はパネルディスカッション、第2部は『最高齢エベレスト登頂への道のり』と題した、三浦雄一郎さんの講演が行われた。
 
 福田富一栃木県知事は冒頭のあいさつで、「地元出身の船村徹さん(作曲家)から、「山の日」の提案がなされました。そして、祝日になりました。これからはいっそう山に魂を吹き込み、育て、守り、次世代に引き継ぎましょう」と述べた。


 第1部はパネルディスカッションで、コーディネータは磯野剛太さん(全国「山の日」制定協議会事務局長)である。
「山の魅力は登山やハイキングだけではありません。海に対する恵みを生みだすところです。祝日を機会に、山としっかり向かい合ってほしい」
 と制定後のありようについて語り、パネリストに引き継いだ。

 ・ 萩原浩司さん(山と渓谷社・編集長)は、NHK百名山の編さんに携わる。
「奥日光はコンパクトで美しい配置になっています。山岳、中禅寺湖、戦場ヶ原など天が創造した傑作です」
 と栃木県の山の魅力を語った。

 ・ 谷本丈夫さん(宇都宮大学名誉教授)は、森の生い立ちからの研究に取り組む。最近は特に注目する事柄として、
「酸性雨の被害で、日光の杉並木が衰退しています。鹿と餌の関係で、尾瀬ヶ原などの貴重な高山植物が荒らされています」
 と山が抱える問題点を取り上げた。

 ・ 安間佐千さん(あんま さち、プロフリークライマー・写真左)は、宇都宮生まれの大学生。フリークライマーの世界チャンピオンである。
 2012年、2013年と連続してワールド杯の総合優勝をなしている。フリークライマーの何が面白いのか、と自問して聞かせてから、
「岩場は世界中にある。アイスクライミング、アルペンクライミングと、いろいなスタイルがあります。岩の形状はみな違うし、晴ればかりか、雨風もあります。自然のなかで、人間がギリギリに登れるか否か、そんな山もあります。私は世界の魅力ある岩を登たい」
 とみずから限界に挑戦していく意欲を語った。

 ・ 本間裕子さん(那須平成の森インタープリター)は東京生まれの東京育ちで、小笠原の母島で都レンジャーとして森の保護活動をしてきた。その実績で、那須に移り住む。
「那須に訪ねてきた人たちに、山をゆっくり時間をかけて山と森を観察してもらっています。樹皮のザラザラ感や樹木の温度。腐葉土のふわふわ感など、自然そのものを感じることができるのです。拾ってきた葉っぱを並べてみると、木々が生きてきた歴史の違いが解ります」
 とインタープリターの役割について説明する。 

 
 第2部の講演で、三浦雄一郎さんは70歳、75歳、80歳と3度もエベレスト登頂を成し遂げた。
「80歳で登頂した後、下山では体力を使い果たし、死神の甘い声が聞こえてきました」
 それは人間の限界だったと語る。

 講演では、エベレスト登山そのものよりも、日々の鍛錬を主として語った。登山は登りで体脂肪を燃やし、下りで糖を燃やす。と同時に、心肺機能を高める。こうした医学的な予備知識を聴衆に与えてから、三浦さんは60歳代で、体脂肪40、体重90キロもあり、そのうえ狭心症で心臓がすぐドキドキする、メタボの体だったと前置した。

 ここは体質改善をかねてエベレストを登ろうと目標を定めた。不整脈で4度も心臓手術をしているし、膝の半月板がすり減って1ミリもないし、これまた痛い。そのうえ、スキーで骨折もしている。

 こんな状態で、家族にエベレスト登山など話すと、反対されるに決まっているから、黙っていた。そこで、足腰を鍛えるために、『攻めの健康づくり』に励んだという。それはいかなるものか。
「足首に1キロの錘(おもり)をつけて、ザックを背負い、町なかを歩きました。食生活も改善し、早寝早起きに徹しました」
 そうすることで、体を改善し、鍛えることができた。膝の痛みが少しずつ取れてきて、半月板が4ミリになった。富士登山にも出向いたことから、骨の骨密度が20歳代になりました、と話す。

 エベレスト登山の成功の秘訣は、高度順応(高山病の予防)のために、ベースキャンプまで、若い登山家人よりも2倍の日数をかけて歩いた。それが良かったので、標高8500メートルまで元気よくつけた。ここでは登山の常識をくつがえし、「ウニの缶詰、鮭、手巻き寿司、お茶会もやりました」と面白く、食べ物にも凝ったと話す。
 この先は冒頭の死神がささやくほど、体力と脚力を使い果たすのだけれど。

 三浦さんのふだんの足腰をつくる攻めの健康法は、山好きな聴衆が多い中で、それぞれに体質改善、体力向上のやる気、あるいは何らかのヒントをもたらしたと思われる。

国民の祝日「山の日」が、えっ、こんなにも早く成立=平和を願う議員

 全国「山の日」制定議会(谷垣禎一会長)の通常総会が、2014年5月28日(火)に、衆議院憲政記念館で行われた。法人、個人も合わせた148人の会員(穂高も一員)の過半数以上(委任状も含めて)をもって開催された。

 同総会の冒頭において、「こんげつ23日に、「山の日を制定する」法案が参議院を通過し、可決成立しました。こんなにも早くに制定されるとは思わなかった」と、谷垣同会長はニコニコ顔だった。
 多くの法案は数多くの根回しを要し、「長年の念願だった」と涙と笑顔で語るのが常だ。
 祝日「山の日」は、148人の推進者たち全員があ然としたり、驚きの声を上げたりしているのだ。これまでは、推進の輪が一部報道で紹介されるくらいだった。
 2年後の2016年8月11日から施行される。これも単純な理由で、来年だと、カレンダー屋さんの印刷が間に合わないからだ。
 
 かえりみると、作曲家の船村徹さん(栃木県出身)が、2008年に新聞紙上で「山の日」を国民の祝日にしょうと提唱したことからはじまる。
 2010年、山岳5団体が活動をはじめた。2013年11月11日に、「山の日」制定議会が発足した。並行して、超党派「山の日」制定議員連盟(衛藤征士郎会長・衆議院副議長)ができた。

 祝日は6月がよいか、8月がよいか。山の日が成立するならば、どちらでもいいが、「海の日」のように流動的な日でなく、固定しよう。
 そんな意見や趣旨が固まりつつあった。まずは全国に広く賛同を呼び掛ける。県や市町村など地域ごとに山の日を作ってもらう。こうした地味な努力がはじまったばかりだった。

「市町村から、国の法律を作る手順だと、時間がかかりすぎる。国の法律を作るのは政治家だ」
 超党派で法案を提出しようと、衛藤征士郎会長が最短距離を推し進めた。

 それから約半年後に、あっという間に、衆議院、参議院を通過し、祝日「山の日」が制定されたのだ。この間には、小渕優子議員が8月12日は日航巣鷹山の大惨事と重なり合うから違和感がある、と懸念を示したので、同月11日に修正されたくらいである。

「こんなにも早くと制定されるとは、だれも思っていなかった」
 それが関係者の偽らざる喜びで、口々にそう語った。

 そのひとつの例として、今年(2014)5日27日、栃木県総合文化センター(宇都宮市)に1600人を集めた、『山の日を作ろう! シンポジュウム』が予定された。開催日には同法案がすでに成立していたのだ。関係者には予想外で、会場のパネル、配布資料、背景のスクリーンは「つくろう」のままだった。(別途に紹介)



『山の日』制定議員連盟の衛藤征士郎会長(写真・手前)と日本山岳会の森 武昭会長(写真・奥、24代会長)らが打ち合わせる(2014年5月28日、衆議院憲政会館)


同法案の成立は、国会議員の努力に負うところが大である。同議員連盟の事務局長である、務台(むたい)俊介衆議院議員が、
「山の日は、国民がこぞって、山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する日です。日本人は心優しい民族である、とウォール・ストリート・ジャーナルにも紹介されました。日本人は、海の日、緑の日、さらに山の日、と自然を大切にする祝日をもちました。日本人は素晴らしいと、海外メディアが評価してくれています」
 と挨拶された。
 近隣諸国の中においては、反日の日、南京虐殺の日などと、政治色や軍事色が強い提案が出されている。方向性がまるで違う。

 単に祝日が一つ増えるだけではない。日本を代表する衆参議員の大多数が賛成し、スピード採決で、法案を成立させた。この意義は大きい。そこに政治家たちの良心をみることができる。
「祝日法」の第一条を紹介したい。
『自由と平和を求めてやまない日本国民は、美しい風習を育てつつ、よりよき社会、より豊かな生活を築きあげるために、ここに国民こぞって祝い、感謝し、または記念する日を定め、これを「国民の祝日」と名づける』

 自由と平和と、美しい風習、より豊かな生活。日本人はみんな戦争のない国を願っているのに、政治家たちはときに危なかし方向に進んでいる、とみられがちだ。

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1000万人の安全登山を考える=祝日『山の日』にむけた「勉強会」

 山登りは緑と川と聳(そび)える峰が楽しめる。魅力あるスポーツだ。国土の大半が山だけに、初級から上級まで、その人に見合った山は日本中あらゆるところに存在する。
 一方で、登山は命の危険と隣り合わせである。事故は初心者だけではない。ベテラン登山者でも毎年、遭難事故を起こしている。それを回避するには、初心者もベテランもリアルに山を認識することが大切である。

「山の日」制定協議会は総会の都度、登山知識、山の知識を学ぶ「勉強会」を行っている。国会で「山の日」が制定された直後の、5月28日には、同会が衆議院憲政会館で行われた。

 勉強会のメインが「山の安全」「山の恵み」であり、広く一般の人にも知りえてほしい内容を包括している。

 角谷道弘さん(日本山岳ガイド協会理事)が、題目『山と自然 最新の登山装備と安全』について講演した。
 登山に大切なものは4つある。
  ①準備
  ②体力
  ③登山技術
  ④経験
 登山中の事故で最も多いのが「道迷い」、「転倒、転落・滑落」、「疲労」である。

 道に迷うと、現在地の掌握が難しくなる。迷った時は、位置が分かるところまで引き返すことである。低山は仕事道、枝道も縦横にあり、高山よりも迷いやすいから注意が必要です、と話す。
 地図とコンパスの熟知が大切である。最近はGPSの活用が広がってきた。石井スポーツ勤務の角谷氏によると、5-10万円だという。腕時計の高度時計も必需品の一つ。2万円前後である。
 角谷さんの説明によると、最近は精度が上がり、1時間に登っている標高差なども表示されている高度計があるという。

 転落や滑落は人体に大きなダメージを与える。足腰を鍛え、つまずかない体力を維持することだ。靴ひもをしっかり結び、足が靴の中でぐらつかない。これらの心がけが転落予防の一つにもなる、と話す。

 疲労は、熱中症と低体温症を引き起こす。夏の高温、多湿環境の下で長時間行動すると熱中症が起こりやすい。水分補給を怠ると、体温調整が利かなくなる。

 低体温症は、風雨雪の長時間行動で、身体の深部まで温度が下がってしまい、寒気を覚え、小刻みに体が震えてくる。寒気の段階で、温かいものを飲み、温かい衣類に着替えることが大切である。

 近年、ゴアテックの防寒、雨具が発達してきた。軽くて丈夫な素材である。ただ、下着に濡れないものを着ていないと、雨風にさらされると、低体温症などに襲われる危険性がある。


 阿部守一(あべしゅういち)長野県知事が出席し、自然の宝庫である同県の取り組みについて語った。
 長野県は森林面積が日本で第3位である。3000メートル級の山岳が15座あり、全国で第1位。県民の共通の財産として「山に感謝し、山を守り、育て、活かす」目的で、県独自の『信州 山の日』をつくり、7月第4週日曜日とする。

「山の魅力を発信する一方で、登山の安全対策にも力を入れていきます」と同知事は述べた。

「体力の低下を認識しない中高年者の遭難が多いのです。それに、山の怖さを知らない初心者が増加しています」
 力量を超えた入山者がいるので、遭難防止対策として、山の難易度をつけたグレーディングを行う、と語った。

 グレーディングとはなにか。誰もが登山をする前に山選びをする。その指標となるものだ。
 初心者からベテランまで、「あなたの体力と技術で、どの山が登れるか」、それをより具体的な山岳名でわからしめる情報提供である。

 同県の山岳は地形上の特徴から、5段階の難易度をつける。体力は10段階にする。
 この組み合わせで、初級、中級、上級者Ⅰ、上級者Ⅱの技量に見合った山岳名が示されるのである。グレーディングは初めて山に入る登山者にも、山岳名を教えてくれる。

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日本人として祝日『山の日』をつくろう=山河の恵みのためにも

 日本の国土の7割は四季折々に変化する、美しく緑豊かな山地でしめられている。山々は清流を生みだし、大地の田畑をうるおして、海にそそぐ。古(いにしえ)から、日本人はこの山河と深くかかわり、日常生活の場、精神の安らぎの場としてきた。
 日々の生活や健康に寄与する、国民の貴重な財産である。と同時に、山と海の素晴らしさは、日本人の最大のほこりでもある。

 日本の繁栄には山と海が欠かせない。そこで、4年前から主要な山岳団体が、国民の祝日「山の日」をつくろう、と活動を推し進めている。昨年11月には、全国「山の日」制定協議会(谷垣禎一会長)が発足した。同会は2014年3月4日に臨時総会と勉強会を実施し、その活動をいっそう加速している。
 美しい自然、とりわけ、山と海、双方の恩恵に感謝するためにも、「海の日」(7月の第3月曜日)と「山の日」と両立させるべきだと、その意義を強調している。

 富士山の世界文化遺産の登録がなされた。一座の賛美だけでなく、日本中の山に感謝の念をもつ。そして、子どもや家族、老若男女を問わず、山に親しむ。そのためにも、祝日「山の日」は夏休み期間が望ましいと考えている。

 8月11日が有力候補の日である

 国民の祝日は、国民と国会が決める。現在は超党派の議員が「山の日」法案を提出するべき活動を展開している。


 同祝日に関する、これまでの主だった経緯をみてみると、

 1997年に山梨県で、「山の日」の行事が始まった。その後、広島県、大阪府、岐阜県、群馬県と「山の日」の制定が展開された。

 2002年、国際山岳年として、「山の日をつくろう」建言がなされている。

 2008年、船村徹さん(作曲家)が、新聞紙上で「山の日」を国民の祝日に、と提唱した。

 2010年、山岳5団体(日本山岳協会、日本山岳会、日本勤労者山岳連盟、日本山岳ガイド協会、日本ヒマラヤ・アドベンチャー・トラスト)による、「山の日」制定協議会が発足した。

 2013年、超党派の国会議員(100人以上)が参加し、勉強会を開催している。 


 わたしたちは後世に美しい、恵み豊かな山岳をいかに残していくか、という点で数多くの課題や問題点を抱えている。
 山林の荒廃、良質な水資源の確保、開発と環境保全、動植物の保護、鹿などによる被害、観光資源の活性化、東北(福島)の山々の放射能除染など多岐にわたる。

 国民一人ひとりがこれら山河の諸問題を再認識し、将来のビジョンを示す、そのためにも祝日「山の日」の制定が必要である。

全国「山の日」制定協議会が、国民からより多くの賛同を求めるために、会員(仲間)を募集している。呼びかけ人は、こちらを左クリックしてください


『関連情報』

全国「山の日」制定協議会 入会のご案内


同協議会・入会申込書(個人用)

【書籍紹介】 知られざる『富士山』=上村信太郎

 富士山ブームだ。その富士山が世界文化遺産に登録された。自然遺産ではなく、「文化遺産」という点に、私たち日本人は価値が見いだせる。つまり、地球の天地創造による「美」よりも、平安時代の和歌から、浮世絵、そして現代までの人とのかかわりが評価されたのだろう。

 それは文学、絵画、音楽、浮世絵など、富士山が私たちの心の奥底まで入り込んだ、象徴としての存在である証しだ。

 登山家の上村信太郎さん(日本山岳会、日本ペンクラブの会員)が『富士山』を発刊された。(山と渓谷社・1200円+税)。富士山の驚きの事実が147話がある。どれも、読者に投げかける疑問形のスタイルを取っている。

「山頂から展望できる山はいくつあるか」

「富士山の山開きはなぜ7月1日か」

「銭湯のペンキ絵に、なぜ富士山が多いのか」

「富士山と同じ標高の山はあるのか」

「冨士とつく、横綱はこれまで何人いたか」

「どのくらい遠くから富士山が見えるか」

「富士山のライチョウはなぜ絶滅したか?」

 上村さんは海外の高所・初登頂を成した人だ。一方で、ユニークな作家である。資料・史料から、新たな発見、新事実を見つけるのが得意だ。ヒマラヤにせよ、日本の山にせよ、かれの著書には必ず人間がからむ。それが登山家だったり、地元の人だったり、ガイドだったり、意外な人が取り上げられるのが常だ。

「えっ、芥川龍之介が初期の槍ヶ岳に登っていたの。だから上高地・河童橋を知り尽くし、名作『河童』が生れたのか……」 と上村さんから教えられることが多い。島崎藤村が日本山岳会の会員だったことも、上村さんの山岳連載誌のコラムから知った。

 12月半ば、歴史取材の帰りに松山空港から飛行機に乗ると、「左手に富士山が見えます」とアナウンスがあった。デジカメの窓越し撮影はうまく撮れるはずがない。それでも、シャッターを押したくなるから、不思議な魅力ある山だ。

 帰宅すれば、上村さんの新著「富士山」が届いていた。ページをめくるごとに、おどろきが多い。筆力のある作家だけに、エピソードや情報や知識が実に読みやすく、わかりやすく、巧くまとめられている。これなら、電車のなかでも簡単にすらすら読める、愉快な内容ががたくさんあるし……、それが第一印象の本だった。

 3分間スピーチで、「富士山」のエピソードを取り上げるには、最良の本だと思う。あるいは講演の講師が、イントロで、いきなり余談ですが、
「富士山頂で起きた事故や事件は、どこの警察署が管轄だと思いますか?」
 と受講者に投げかければ、一気に壇上に視線を集め、会場の緊張を和らげてくれるだろう。

 あなたは日本人として、「147話の質問」をどこまで知っているか。それにチャレンジしてみる。あるいは友だちの話題のなかに差し込んでみる。いつしか富士山に登りたい人は読んでおく。
 自分好みの読書方法がある、面白く、愉快な良書だ。

いいぞ、いいぞ、白馬岳=2932m (下)

 山の朝だ。快晴だ。

 さあ、登攀(とうはん)準備だ。

「まず写真だよな。山は逃げないよ」

「洒落たことをいうんだな」



山頂はどこかな。

「山小屋からすぐだ。そこに見えるだろう」

「地図の山頂ですよ」



 おい、おい登るぞ。

 カメラを提げて、観光気分か。

 ザックを担げよ。


 歩けば、すぐそこに白馬山頂があった。

 苦労がないと、みな笑顔だな。

 人間が正直すぎるのが、傷だ。


「巧くとってくれよ」

「カメラに聞いてよ。シャッターが落ちないんだ」

「かっこつけて、高いカメラを持ってくるから、扱いがわからないんだよ」

「バッテリーがなくなったみたい」

「そんなことだろうと思ったよ」

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いいぞ、いいぞ、白馬岳=2932m (上)


期待して、2932mの白馬岳に、歯を食いしばってきてみれば……。

夢まで見た、山ガールはいずこにいるのか?

世のなかって、甘くないな。


 白馬駅前では、信濃毎日新聞が号外を出していた。

 2020年東京オリンピックの開催決定だ。

「貴重な号外だ、持っていこう」

「トイレ紙で使う気だな」


 白馬岳への登山口の猿倉(標高1230m)で、山小屋の庇を借りて、雨具を出す。

 日々の行いが悪い連中だからな、毎年、北アルプスに登れば、登りはじめはいつも大雨だ。

 行いが良ければ、こんな手間もなく、すーっと登るのにな。

 豪雨をたっぷり山間に吸い込んだ川はいまや濁流で、

 滝は豪快に水しぶきを上げている。

「台風の影響がだんだん消えていくぞ、これから」

 それが期待の連中なんだから、さびしいな。

 大雪渓(だいせっけい)だ。

 9月10日になれば、雪渓も溶けている。

 荒々しく、不気味な稜線が、待ち構えている。

 恐れるな、おそれるな。

 己の登攀(とうはん)技量で、悪あがきはするな。

 山での運命は神のみぞ知る。


 軽アイゼンの装着だ。

「生れてはじめてつけた~」

 興奮するな。

 保育園の遊び道具じゃないんだ。

 アイゼンの詰めに登山ズボンの裾をひっかけて、転倒し、滑落し、クレパスに落ちて死ぬ奴だっているんだからな。

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梅雨入りしたけど、雨は降らず、御岳山・登山=奥多摩

御岳山だ、奥多摩だなんて、甘い考えはダメだぞ。

今年の夏登山は、北アルプス「白馬」だから、低山でも猛特訓で行くぞ。

「なんだ、いきなりケーブルカーか。この中のだれだ、登山計画を立てたのは」


ケーブルカーで山頂駅に着けば、直ぐ寄り道だ。

メダカの水槽をのぞき込んでも、登山知識の足しにはならないだろう。

「何だって、童心に帰ってだと」



この家は茅葺の年代物だな。

誰か、住んでみたいものはいないか。

まだ遁世の心境にならない。そうだろうな。


山菜料理に、川魚料理だ。

食べたいだって、まだ御岳山の山頂にすら、着いていないんだぞ。

 歩け、歩け。

天然記念物の楠だぞ。巨木だぞ。巨樹だぞ。

誰も感心なしか。

後から来る中高年のパーティーに追い抜かれそうだ、と。

ならば、立ち止まって樹を見ることはない。

「どうせ、機を見て、敏捷に動く、お前らじゃないしな」

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エベレストに2度登頂73歳で。女性世界最高年齢を更新=日本山岳会

 日本山岳会(尾上昇会長)の恒例となっている「年次晩餐会」が、12月1日、東京・品川プリンスホテルのアネックスタワー5階で開催された。全国から会員が集まった。(推定500人)。
 例年だと、皇太子殿下が出席されているし、同晩餐会は連続参加だった。ことしは愛子さまの誕生日にあたり、宮中の行事が執り行われる関係から、欠席だった。ただ、同殿下からメッセージが寄せられていた。
「殿下からメッセージが出るのは異例のことです」
 尾上会長はそう語ってから読み上げた。


 尾上会長の挨拶では、同会が公益法人になれたから、今後の発展のために、広く地域に根を張った活動を行いたいと述べた。会員の減に歯止めがかかり、若返りも進んでいる、と将来性への期待を述べた。


 渡邊玉枝さん(写真・山梨県・河口湖町出身)が特別表彰された。彼女は63歳でネパール側からエベレスト登頂し、女性最高高年齢者記録を作った。10年後の12年5月には73歳でも、中国側からエベレストに登り、自己の記録をさらに更新した。
 他にも、8000級のヒマラヤにも登攀している。
 日ごろの訓練が大切だと、受賞スピーチで語っていた。

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役に立たない登山教室に参加してみて=槍ヶ岳

「高所登山は、無理しない、体調は万全を期す。基本だ、わかったか」
「深夜バスで、寝不足なんですけど」
「だったら、そこのベンチで休息を取っておけ」
「皆から、遅れますけど」
「別に、君が山に登れても、登れなくても、なんら問題はない」

「ソフトクリームが食べたいだって。山に来たら、おなかをこわすものは食べない。基本だ」
「でも、食べたいわよ」
「正露丸もってきたか」
「はい」
「じゃあ、食べてよし」

「あのインストラクターは女に甘いよな」

「あんな高いところに登るんですか」
「上を見て、ため息をつくんじゃない。下を見て、靴ひもでも締めろ」
「ああ」
「山に来て、景色を見ようなんて、10年早いんだ。下を見て歩けよ」
「10年経ったら、何歳になるのかな?」

「手を振って、足をあげて。大地をしっかり一歩ずつ踏みしめるんだ」
「素直にやれる奴は、良いよな」


「要所、要所で地図を見るんだ。地図で、ルートの方角を確かめるんだ」
「磁石を買ってくるのを忘れたんですけど」
「だったら、見ているふりをしろ」

「雪渓(せっけい)に乗るな。危険だ。クレパスに落ちたら、どうなる?」
「ケガします」
「じゃあ、自己責任だな」

「地図が読めなければ、絵図でも頭に叩き込んでおけ」
「絵図ですか」
「そうだ。お前たちは地図をもっていても、どうせ飾り物だ。道に迷ったら、役立ちっこないんだから」

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