A030-登山家

いいぞ、いいぞ、白馬岳=2932m (上)


期待して、2932mの白馬岳に、歯を食いしばってきてみれば……。

夢まで見た、山ガールはいずこにいるのか?

世のなかって、甘くないな。


 白馬駅前では、信濃毎日新聞が号外を出していた。

 2020年東京オリンピックの開催決定だ。

「貴重な号外だ、持っていこう」

「トイレ紙で使う気だな」


 白馬岳への登山口の猿倉(標高1230m)で、山小屋の庇を借りて、雨具を出す。

 日々の行いが悪い連中だからな、毎年、北アルプスに登れば、登りはじめはいつも大雨だ。

 行いが良ければ、こんな手間もなく、すーっと登るのにな。

 豪雨をたっぷり山間に吸い込んだ川はいまや濁流で、

 滝は豪快に水しぶきを上げている。

「台風の影響がだんだん消えていくぞ、これから」

 それが期待の連中なんだから、さびしいな。

 大雪渓(だいせっけい)だ。

 9月10日になれば、雪渓も溶けている。

 荒々しく、不気味な稜線が、待ち構えている。

 恐れるな、おそれるな。

 己の登攀(とうはん)技量で、悪あがきはするな。

 山での運命は神のみぞ知る。


 軽アイゼンの装着だ。

「生れてはじめてつけた~」

 興奮するな。

 保育園の遊び道具じゃないんだ。

 アイゼンの詰めに登山ズボンの裾をひっかけて、転倒し、滑落し、クレパスに落ちて死ぬ奴だっているんだからな。

 あの眼下の雪渓のクレパスに落ちたら、

 どうなるか。

 ためしにやってみるか。

 冥途の川に流されて、人様よりも早くに、あの世に着くぞ。

「もっと生きなければ、そんなに早く天国にいくことはないし」

「勘違いしていないか。地獄だろう」



 標高2200mになれば、後ろから晴れてくる。

「半日違いだな。嘆いても、仕方ないけど、恨めしいな。いまごろ晴れてくるなんて」

「ここで下山して、最初から登りなおしてみたら。道々、快晴の良い写真が撮れるよ」

「結構です」


 空気が薄い、と言っては足を止め、

 お腹がすいたから、行動食を取るといってはザックをおろし、

 トイレ探しで、全員の足を止める。

「あんまり休みを取っていないな。このあたりで休憩しよう」
 
 そう言っては休む

 休む時だけは、妙に呼吸が合うパーティーだ。

 ここで天然記念物の雷鳥(ライチョウ)を待ってみよう。

「寄り付かないって、こんな連中には」

 その実、ライチョウではなく、山ガールだろうよ。

「まだ2333mか。白馬は山ガールのメッカだと聞いたけれど、一人も来ないな、会わない」

 台風を突いて登ってくる美女はいないさ。

「ああ」

 吐息がやたら増えてくるな。


 あの杓子岳の山頂は標高2812mだ。あの高さと同じ標高に、白馬山荘がある。それが今夜のねぐらだよ。

「否なこと教えてくれるな。まだあんなに登るの」

「登山は精神力の修行の場だぞ」

 どうも、気迫に欠けているな。

 最高の笑顔、

 とたんに元気になる。

 こんな表情で、楽しく登れないものかな。

 

  これぞ、最高の味。

  最近の山小屋は、美食だね、

  食材が豊富だ。

 

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