いいぞ、いいぞ、白馬岳=2932m (上)
期待して、2932mの白馬岳に、歯を食いしばってきてみれば……。
夢まで見た、山ガールはいずこにいるのか?
世のなかって、甘くないな。
白馬駅前では、信濃毎日新聞が号外を出していた。
2020年東京オリンピックの開催決定だ。
「貴重な号外だ、持っていこう」
「トイレ紙で使う気だな」
白馬岳への登山口の猿倉(標高1230m)で、山小屋の庇を借りて、雨具を出す。
日々の行いが悪い連中だからな、毎年、北アルプスに登れば、登りはじめはいつも大雨だ。
行いが良ければ、こんな手間もなく、すーっと登るのにな。
豪雨をたっぷり山間に吸い込んだ川はいまや濁流で、
滝は豪快に水しぶきを上げている。
「台風の影響がだんだん消えていくぞ、これから」
それが期待の連中なんだから、さびしいな。
大雪渓(だいせっけい)だ。
9月10日になれば、雪渓も溶けている。
荒々しく、不気味な稜線が、待ち構えている。
恐れるな、おそれるな。
己の登攀(とうはん)技量で、悪あがきはするな。
山での運命は神のみぞ知る。
軽アイゼンの装着だ。
「生れてはじめてつけた~」
興奮するな。
保育園の遊び道具じゃないんだ。
アイゼンの詰めに登山ズボンの裾をひっかけて、転倒し、滑落し、クレパスに落ちて死ぬ奴だっているんだからな。
あの眼下の雪渓のクレパスに落ちたら、
どうなるか。
ためしにやってみるか。
冥途の川に流されて、人様よりも早くに、あの世に着くぞ。
「もっと生きなければ、そんなに早く天国にいくことはないし」
「勘違いしていないか。地獄だろう」
標高2200mになれば、後ろから晴れてくる。
「半日違いだな。嘆いても、仕方ないけど、恨めしいな。いまごろ晴れてくるなんて」
「ここで下山して、最初から登りなおしてみたら。道々、快晴の良い写真が撮れるよ」
「結構です」
空気が薄い、と言っては足を止め、
お腹がすいたから、行動食を取るといってはザックをおろし、
トイレ探しで、全員の足を止める。
「あんまり休みを取っていないな。このあたりで休憩しよう」
そう言っては休む
休む時だけは、妙に呼吸が合うパーティーだ。
ここで天然記念物の雷鳥(ライチョウ)を待ってみよう。
「寄り付かないって、こんな連中には」
その実、ライチョウではなく、山ガールだろうよ。
「まだ2333mか。白馬は山ガールのメッカだと聞いたけれど、一人も来ないな、会わない」
台風を突いて登ってくる美女はいないさ。
「ああ」
吐息がやたら増えてくるな。
あの杓子岳の山頂は標高2812mだ。あの高さと同じ標高に、白馬山荘がある。それが今夜のねぐらだよ。
「否なこと教えてくれるな。まだあんなに登るの」
「登山は精神力の修行の場だぞ」
どうも、気迫に欠けているな。
最高の笑顔、
とたんに元気になる。
こんな表情で、楽しく登れないものかな。
これぞ、最高の味。
最近の山小屋は、美食だね、
食材が豊富だ。