A030-登山家

役に立たない登山教室に参加してみて=槍ヶ岳

「高所登山は、無理しない、体調は万全を期す。基本だ、わかったか」
「深夜バスで、寝不足なんですけど」
「だったら、そこのベンチで休息を取っておけ」
「皆から、遅れますけど」
「別に、君が山に登れても、登れなくても、なんら問題はない」

「ソフトクリームが食べたいだって。山に来たら、おなかをこわすものは食べない。基本だ」
「でも、食べたいわよ」
「正露丸もってきたか」
「はい」
「じゃあ、食べてよし」

「あのインストラクターは女に甘いよな」

「あんな高いところに登るんですか」
「上を見て、ため息をつくんじゃない。下を見て、靴ひもでも締めろ」
「ああ」
「山に来て、景色を見ようなんて、10年早いんだ。下を見て歩けよ」
「10年経ったら、何歳になるのかな?」

「手を振って、足をあげて。大地をしっかり一歩ずつ踏みしめるんだ」
「素直にやれる奴は、良いよな」


「要所、要所で地図を見るんだ。地図で、ルートの方角を確かめるんだ」
「磁石を買ってくるのを忘れたんですけど」
「だったら、見ているふりをしろ」

「雪渓(せっけい)に乗るな。危険だ。クレパスに落ちたら、どうなる?」
「ケガします」
「じゃあ、自己責任だな」

「地図が読めなければ、絵図でも頭に叩き込んでおけ」
「絵図ですか」
「そうだ。お前たちは地図をもっていても、どうせ飾り物だ。道に迷ったら、役立ちっこないんだから」

「女性を見たら、声をかけてみろ」
「なぜ、ですか」
「山が楽しくなる」
「基準はありますか」
「若い、美人、あとは好みだな」
「そうか。あの山ガールについていこうかな。どの山に登っても、同じさ」
「昔の俺みたいなことを言うな」

「あっ、槍ヶ岳だ。もうこんなに来たんだ」
「にせものだ。あれは」
「この登山教室とおなじか」
「どういう意味だ」
「想像にお任せします」
「そうか」
「解ってるのかな?」

「山登りの基本は、ペンキを見て登ることだ」
「他には?」
「むずかしいことは考えるな。それが一番適した登り方だ」


「ガスが出てきた」
「ガスって、なんですか」
「みれば解るだろう」
「なにも見えないんですけど」
「それがガスだ」


「昼食だ。腰を下ろして食べられる。幸せだろう」
「そうは思わないんですけど」
「本来、昼飯は行動食なんだぞ。わかってるか」

「山小屋で頼んだ昼食は1000円で、おにぎり2個だもんな」
「2個でも、食べられる幸せをかみしめろ」
「口を開けば、何でも、幸せだもんな」
「なにか言ったか」


「山はけっして人見知りしない。老若男女、受け入れてくれる」
「山より、人選びが大切だな。それがわかってきた」
「そうだ。リーダー次第で、山は楽しくなる」
「最悪にもなる」

「水たまりをいちいち避けていたら、時間の無駄だ」
「そうは言っても、水たまりは……」
「たとえ一歩でも、カロリーは消費されるんだ」


「あっ、猿だ」
「動物園なら、お金を取られるが、ここは無料で見られる。安上がりだろう」
「襲いかかりませんかね」
「お前の顔を見たら、猿も同じことを考えるだろうよ」


「下山道でも、登りがあるんだな」
「二度楽しめるだろう。もうすぐ上高地だ。笑顔になれ」
「ハイ笑顔」
「写真を撮り終わったら、もうくたびれた顔か」

「こんかいの登山教室の受講生は、残念ながら、二流だったな」
「山は一流、我われは二流、インストラクターは三流かな」
「カメラの腕は一流半だ。記念写真を撮ってやる。次回、このメンバーで会おう」
「お世話になりました。もうお会いすることはないでしょう」

「登山家」トップへ戻る

ジャーナリスト
小説家
カメラマン
登山家
「幕末藝州広島藩研究会」広報室だより
歴史の旅・真実とロマンをもとめて
元気100教室 エッセイ・オピニオン
寄稿・みんなの作品
かつしかPPクラブ
インフォメーション
フクシマ(小説)・浜通り取材ノート
3.11(小説)取材ノート
東京下町の情緒100景
TOKYO美人と、東京100ストーリー
ランナー
リンク集