A010-ジャーナリスト

困ったことが起きた。そこから、潜水夫の体験談が聴けた

 東京からの夜行バスで、今治桟橋(愛媛県)に着いた。9時発の御手洗(大崎下島・広島県)港行き切符は自販機で買い求めた。桟橋に出たが、今治―御手洗-川尻航路のそれらしき定期船も、乗客もいない。いやな予感がした。ひとたび待合室に戻り、念入りに刻表を見てみると、9時発は土、日のみだ。平日は6時05分、次の午後2時30分だった。航路案内図を見て、どうみても今治港から大崎下島までの船便はそれしかないない。

 雑誌の仕事で、御手洗(写真・右)では9時半に郷土史家、さらには忠海駅(竹原市)で取材協力者に会う約束が午後3時だ。
「こまったな……。今治でただ6時間も待たされるのか」
 まさに無意味な時間だ。それ以上に、アポイントをとっている人に迷惑がかかる。一泊余分になってしまう。

 大崎下島には橋が架かっているが、それは本州の呉市からだ。四国からだと、今治―川尻航路しかない。

「最近は、島に橋が架かり、船便がえろう悪くなってしもうた」
 待合室の数人がなげく口調で言う。
 取材は駆け足のタイトなスケジュールだ。何とかしたい。周りの人が知恵を絞ってくれた。 
「岡村島と大崎下島は橋で結ばれている。岡村港経由なら御手洗にいけるよ。タクシーを呼べばいい」
 その船便は今治発11時発で、岡村到着が12時だ。多少なりとも、時間が圧縮ができる。パソコンを使って、御手洗、竹原、さらには福山、岡山と交通ルートのやり直しだ。そのうえで、取材先に電話を入れた。遅延の理由を説明し、平謝りで変更してもらった。

 買い求めた御手洗までの切符は払い戻ししたい。窓口はカーテンで閉じられている。ここでも苦慮した。連絡船の会社の電話を調べて、事情を話し、対応してもらった。

 約2時間は、お堀に海水を引き込む今治城を観た。


           

 今治港を出航した小型フェリーが岡村へと向かう。しまなみ街道の大型橋梁をくぐり抜けていく。赤い灯台の来島海峡に入った。
 私は船尾のデッキで、勢い渦を巻く潮流を眺めていた。乗船客の一人から話しかけられた。公認潜水夫の木本成久さんだった。水中土木工事、水中切断、水中写真、海底送水管の工事などを行う。
 私が興味の目を向けると、潜水について、数々を語ってくれた。

 海底にも、山あり、谷あり、ジャングル(海草)がある、と教えてくれた。海の断崖には、瀬戸貝がびっしり、という情景も語る。

 四国の北端の今治市・波止浜の造船所が視界のなかにあった。造船所の仕事は、船底の掃除や調査が主だという。
「座礁船や、沈没船を引き揚げる、サルベージの作業もやるの」
 それもやった。船体と岩礁との隙間を見つけだし、ワイヤーを通す作業だ。
「座礁船が傾くなど、怖くはないの」
 それは感じない。ただ、仕事に夢中になり、時間を忘れてしまい、ボンベイのエアー(酸素)がなくなる、それが怖い。

 木本さんは、水中土木工事の請負だけではなかった。岡村島に帰り、ザエ、アワビなどを採るという。来春は民宿をやりたいと語る。
「島ではどんなものを取るの?」
 貝類や海草だ。海底に這いつくばるタコやオコゼは取ってもいいが、回遊する魚は漁業権の関係で取れない。
「タコにしても、オコゼにしても、泳ぐことができるのに……。法律とは奇妙なところで、線引きするものだね」

「危険な目に遭ったことはないの?」
 沖縄の土木現場で、海中の岩盤に発破(ダイナマイト)をかけた。回りの死んだ魚の血のにおいで、サメがすぐさまやってきた。それは怖かった。
「ほかに、危険な状況?」
 潮流が早くて、潮に流されることがある。酸素が切れると、危険だ。身体に巻きつけた錘(おもり、8キロ~10キロ)の鉛を棄てて、海面に浮上する。それでも対応できないときは、ボンベイも棄てる。それら潜水具は数十万円するけれど、いのちが一番だから。

「冬の海は寒くて大変だろうね」
 冬は外気よりも海のなかのほうが暖かい。ウェストスーツは保温が利いているし、暖かいよ。ただ、瀬戸内海の海水は、太平洋からの暖流が流れ込まないから、冷たいんだ。
「それは意外だ。瀬戸内は暖かいと思っていた」
 岡村港が見えてきた。フェリーが入港の汽笛を鳴らす。

 瀬戸内海の島から島へと橋が数多く架かってきた。と同時に、定期船が採算面の悪さから廃業か、極度に船便を少なくしている。
 今回の取材旅行では、その不便さが実体験でわかった。他方で、初めて海洋潜水の貴重なはなしを聞くことができた。

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