犯罪的な取材行為は、「取材の自由」ではない=オピニオン
奈良県田原本町で、06年6月20日に、16歳の少年が自宅に火を放ち、3人を焼死させた事件が発生した。
奈良地方裁判所は少年の行動に疑問を持ち、精神鑑定を行った。担当したのが精神科医の崎濱盛三(もりみつ、53、写真)さんで、放火した少年は広汎性(こうはんせい)発達障害をもつと診断した。
草薙(くさなぎ)厚子著『僕はパパを殺すことに決めた』(講談社)が世に出た。そこには警察や検察の供述調書が多数引用されていた。情報源として、崎濱さんがジャーナリスト、講談社に供述調書などを洩らしたとして逮捕された。そして、秘密漏洩罪に問われて起訴された。
昨年6月13日、日本ペンクラブと(社)自由人権協会の共催で、大手町サンケイプラザで、『言論が危ない』のフォーラムが開催された。鑑定医の崎濱盛三さんが対談形式で、吉岡忍さんの質問に応えて真実の一端を明かした。
「少年は殺人者ではなかった。それを世に伝えてもらいたくて、ジャーナリストに警察や検察の供述調書などをみせました。このときの約束事は、『見せるだけです、コピーはダメです、供述調書の直接引用はしない』というものでした」と打ち明けた。
「私は外出するので、草薙厚子さん、講談社の記者、カメラマンなど関係者4人に住まいの鍵を預けました。その間に、調書や鑑定書をデジカメで撮影したものです」と明らかにした。さらには、「出版前には、崎濱さんへの原稿の最終チェックさせてもらう、という約束も反故にされました」と語っている。
同フォーラムが終了後、居酒屋で十数人が飲んだ。崎濱さんは一つ席が離れた場所に座り、吉岡忍さんや江川紹子さんらと語り合っていた。「誠実な人柄だな」、という印象を強く持った。
今年1月27日付の朝日新聞によれば、14日の奈良地裁で、検察官の質問で、草薙さんは被告席の鑑定医の崎浜さんに謝罪し、取材源だったことをはじめて認めた、という。
閉廷後、崎濱さんは「いまさら謝罪されたって、どうってことない」と冷淡に草薙さんを突き放している。「なんで、今ごろ(情報源)言うのかな。草薙さんや講談社に(調書)を見せたことを強く後悔している」と語った。
奈良地検の検事は「草薙氏が取材源を明らかにしたことで、鑑定医の供述と一致し、立証は前進した」と話している。つまり、崎濱さんはなおいっそう窮地に陥れられたのだ。
朝日新聞によれば、草薙さんは自分のブログで「ジャーナリストとしては情報源を言わないことが良かったのかもしれません。しかし、ジャーナリストである以前に、私は一人の人間」と記す。
取材源に不利益が及ぶ場合は、秘匿(ひとく)が大原則だ。一人の人間だと言い、それを強調するならば、「ジャーナリストの仮面を被り、鑑定医をごまかし、調書をカメラで詐取しました」と明瞭に言うべきだ。言語や文章で生きる人間ならば、正確に、「ジャーナリストである以前に、私は一人の罪人です」と認めるべきだ。
彼女は元東京少年鑑別所の法務教官だ。ならば、なおさら法を犯した、罪を認めるべきだ。草薙さんは逮捕もされず、カメラで盗み取った窃盗罪にも問われていない。呵責の念はないのだろうか。
[吉岡] 『僕はパパを殺すことに決めた』という本は読まれましたね。率直な印象を聞かせてください。
[崎濱] 少年には殺意がなかった。本の帯を見たときは、少年が受験戦争で疲れ果てて、その影響で、家族を殺してしまったみたいな印象です。発達障害の問題とは全然、関係がない。これではまずいと思いました。
内容を読んだら、少年のお父さんの暴力だけが際立ち、非常に誤解を与える本だな、という印象をもちました。
政治家が国家的な重要な背任行為をしているとか、国家間で不利益な外交密約があるとか、国民の安全が脅かされるとか。それらは許可なく無断撮影し、世に発表することは許されるだろう。たとえ罪を問われても、それはジャーナリスト精神だといえる。
『僕はパパを殺すことに決めた』の草薙さんは、『取材の自由』という傘をさし、自己擁護でことば巧みに逃げまくっているようだ。倫理観がない犯罪的な取材行為による、著作物だ。少なくとも、崎濱さんの発言や新聞報道から、そう思えてならない。