『ルーズベルトの刺客』・マヌエラ追悼公演を観て
今年2月ごろ新宿で、永島直樹さんから、「秋には西木正明さん(直木賞作家)原作の芝居をしますから、ぜひ観にきてくださいね」、といわれていた。それから月日が経ち、すっかり忘れていた。『良い芝居になりそうです、ぜひよろしく』という文面を添えた案内状がとどいた。
題名は『ルーズベルトの刺客』で、原作・プロデュースは西木正明さん、演出・脚本は永島直樹さんだった。劇場は新宿御苑前のシアターサンモール。サブタイトルに、「マヌエラ追悼公演」とあった。どういう人物なのか、男女もわからず、さして気にもとめていなかった。
舞台は第二次世界大戦前の上海租界の社交クラブだった。各国の思惑が入り乱れたスパイ活動、テロ活動が行われていた。「マヌエラ」は美貌とダンサーとしての輝きから、各国スパイの憧れの的だった。彼女は秘密のベールに包まれ、素性が知れなかった。劇が進行するうちに、初代・水の江滝子が上海で「マヌエラ」という名で活躍していたとわかる。
当時の日本軍が上海在留のユダヤ人に軍事訓練を施し、アメリカに渡らせ、ルーズベルトを暗殺する。その企てが進行していた。3000年も国土を持たないユダヤ人は、見返りに建国の夢を満州国の一角に抱き、協力する。
「マヌエラ」が踊る上海のクラブの経営者は二重スパイ(ドイツ人予備将校でユダヤ人)だった。日本軍の秘密の謀が二重スパイに知れた。と同時に、アメリカに情報が流れてしまった。
米国大統領の暗殺計画に失敗した日本軍は、英米と決戦を固めた、というストーリーが運ばれていく。
「マヌエラ」は美貌とずば抜けた才能から、ハリウッド女優に抜擢が決まった。上海からアメリカに向かう準備をはじめたとき、日本軍が真珠湾を攻撃したのだった。
スパイ活動は歴史の影の部分である。この演劇は各国の思惑と陰謀に振り回された、女性の半生を描ききっていた。他方で、舞台が上海のクラブだけに、ダンシングと戦前の流行した曲が流れる。女優たちの華やかさが目を惹いた、見応えのある演劇だった。
幕間に、原作者の西木正明さんと話す機会がもてた。「こんかいの芝居は、執筆が立て込んで、なにかと忙しく、充分に入り込めなかった」と話す。そのうえで、「10月21日の初日公演から、最終日の今日まで尻上がりによくなってきました」と語っていた。他方で、小中陽太郎さんは昨日来てくださいました。あの方も元気ですね、と話していた。
舞台が終えた帰り際に、西木さんには「歴史に翻弄された、群像がよく描ききれていましたね」と声をかけさせてもらった。
私が劇場に着いたとき、演出・脚本の永島直樹さんはすでに帰られた後だった。パンフレットをみると、『劇団青俳で初出演して以来、およそ40年、芝居作りに邁進してきた』と述べる。そのうえで、「その原動力を考えると、『見果てぬ夢』のようなものか」と言い、夢を見続けてきた「マスエラ」と重ね合わせていた。
初代・水の江滝子「マヌエラ」は、昨年、横浜? 95歳で亡くなっている。もし第二次世界大戦がなかったならば、ハリウッドの大スターになっていただろうと、舞台の最後で語られていた。それも印象的だった。