学友の集り、12月は『どぜう鍋』で忘年会
今回は学友仲間が、新橋に移った。集合したのは烏森口改札口で、夕暮れ時だった。サラリーマン層を中心とした、大勢の人波だ。隠遁の身の元教授は「人間に酔ってしまう。それでも、年齢が高い新橋はがまんができるが、ギャルを中心した渋谷の街は耐え切れない」と語る。
(撮影:元教授)
いわれて回りをみると、人生の半分を過ごしてきた、中古ぎみの年齢層が目立つ。
元焼いも屋が推奨する店は、西新橋にあった。「やや年配だけど、、美人女将が取りしきっている」という焼き鳥屋だった。異性への好みはそれぞれだから、こまかな論評はしないが、女将の顔立ちは悪くなかった。
店内の壁面に並ぶメニューのなかに『どぜう鍋』をみつけた。これは掘り出し物だった。値段は500円台で、駒形の専門店などに較べると数段安い。『国産のドジョウだよ』と社長と呼ばれる、店主が自慢する。『どぜう鍋』には山椒をかけて食べる。なかなか良い味だった。
(撮影:焼き鳥屋の女将)
箸で鍋をつつきながら、三重県出身の元銀行屋が子どもの頃、実家の近くの用水路、川などで、ドジョウを餌にウナギを釣っていたと話題を提供した。「生きているウナギだと、料理屋が買ってくれた。当時の金で、一匹150円だった」と話す。死んだら買ってくれない。鮮度には煩いようだ。
兵庫県の家島では、魚屋が水槽に生かして売っている。それをTV報道でみた、元焼いも屋が感慨をおぼえ、家島の観光協会に電話をしたようだ。そこからメールのやり取りがはじまったと語る。
旅の話題が拡がり、元教授がこの10月にカナダ旅行をしてきた。紅葉は広大で素晴らしかったと語る。「東海岸から西に移る際、2泊3日の列車だった。車窓は紅葉から雪景色になった」と話す。2,000kにも及ぶ車窓の風景を披露する。
寝台車は個室で、内側から鍵がかかるが、外側から一切かからない。欧米はそれが常識らしい。長距離列車には2時間ばかりの停車時間がある。その折には、個室の無施錠は気に止めながらも、街なかの散策に出かけたという。
(撮影:元教授)
今回の集まりには、元蒲団屋が二週間の検査入院のために欠席となった。かれは12月に入って予定通り夫婦でオーストラリアに旅行しており、ゼミ仲間への土産が届いた。それは財布だった。
期待なき期待で、財布のなかを見るが、お金は入っていなかった。これが忘年会でなく、新年会ならば、お年玉が入っていたかもしれない?
元蒲団屋が何のための入院したのか? 細部はわからない。海外から帰ってきた、一週間後の病院に収監されたのだから、「生死には関係ないだろう」と誰もが気づかっていない。「病気慣れした、布団屋だから、余裕だよ」と語り、だれもが納得する
来月のゼミ仲間の集りは、場所が元蒲団屋の大宮だと決まっている。「いい気になって、2ヵ月も、3ヵ月も入院されたら、困るんだよな」とかれのからだよりも、呑み会の流会を心配する輩だ。
(撮影:元教授)
旅の話題が新婚旅行に及んだ。元焼いも屋が佐賀で結婚式を挙げ、京都に新婚旅行にやってきた。他方で、元銀行屋は京都支店勤務だった。かれはサントリー・オールドをもって、ホテルの新婚さんの部屋まで訪ねたという。
新妻を脇において飲み明かした。きっと新妻は呆れ顔か、怒り顔だっただろう。それにも気づかず飲んだらしい。そのときの新妻の表情はふたりして覚えていなかった。呑んだあげくの果てに、新婚部屋に泊ったのか?
「車を運転して帰った」と元銀行屋は引き際のよさと節度を語る。飲酒運転の規制が緩やかだった、遠い時代の思い出話しだ。
元焼いも屋は顔が広い。落語家の名前などを書く、『寄席文字』を職業にする人物を知っているようだ。仕事としては需要が少ないらしい。「文化的な事業として、拡大させよう」、と次なる呑み会への課題を作って散会した。