A065-東京下町の情緒100景

東京下町の情緒100景(099 正月)

 正月風景は変わった。街なかから、伝統芸能の獅子舞などは消えてしまった。和服姿の新年挨拶回りもほとんど見かけない。土手や原っぱや空き地では、子どもたちの凧揚げ、独楽、羽根突きの光景もない。
 小家族、核家族から、家庭内での餅つきがなくなった。


 正月の光景がすっかり消えたわけではない。除夜の鐘はいまなお深夜の空に響き渡る。年が明けると、下町の神社の境内から、にぎやかな声が聞こえる。初詣の境内で、正月恒例の餅つき大会が行われているのだ。

 終戦直後から、約60年間つづいてきた。途切れたことはない。町内の長老すらも幼いころ、境内の餅つきが楽しみだった、大人から杵の持ち方を教わった、と語る。歳月の流れても、境内の餅つき大会はつづく。

 薪のストーブからの煙がたなびく。二段の蒸篭(せいろ)からは湯気が立ちのぼる。もち米の匂いが食欲を刺激する。

 世話役が子どもに手を貸し、一人ひとりに親切丁寧に教えている。臼の餅が冷えてもよい。杵を持つ体験が大切。この子たちが大人になれば、次の世代に教えるのだから。
 
 中学生になると、杵と臼との良い響きだ。大人どうしは小気味よく、リズミカルな音だ。

 テントの下では、婦人会の人たちが慣れた手つきで黄粉(きなこ)餅、アンコ餅に仕上げている。搗(つ)き立てだから、格別うまい。大人も子どもも食べ放題。うどんも配られている。寒空の下で、からだが温まる。

 持ちつき大会は12月初旬、除夜の鐘の直後、1月初めの日曜日と3回行われている。 東京下町の住民には隣どうし横のつながりがある。それが正月とか、お祭りとか、行事と伝統を守る根強さにつながっている。ごく自然に『昔懐かしい』という下町の情緒に結びついているのだ。

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