A065-東京下町の情緒100景

東京下町の情緒100景(082 花屋)

 けさも早朝に市場から彩り豊かな花を仕入れてきた。朝10時の開店準備で、最も忙しい。それでも、きょうはどんな客が来るのだろうか、と気になる。
 人生の幸福でも、不幸でも、花だけはつきものだから。毎日いろいろな買いにきてくれる。
               


「恋人にプレゼントの花は何がいいかな?」
 若い男性が相談してくれたならば、きょうならば、ローズマリーのバラを勧めてあげよう。

 夫婦仲のよい夫が、{愛妻の誕生祝に花を贈るんだ」といったら、新婚時代のの思い出の花を選ぶかもしれない。差し出がましい、花のお勧めなどは止めよう。商売には控えめも大切だし。

「玄関に一輪挿しの花を買いたいの。週に一度、一本だけで悪いわね」
 路地裏の40代の女性がやってくる日だ。彼女は香りのよい花が好きだという。お香代わりなのかしら。きっと家のなかは整然と片付いるのだと思うわ。

 橋向こうの町から、葬式の生花の予約が入っている。大輪の菊とか、黒いリボンとかを手にすると、私までが悲しくなってしまう。もし生前の好きな花がわかれば、生花に加えられてあげられるのに。そんなことは聞けるはずがないし。

「あしたね、子ども会のピアノ発表があるの」
 母親がニコニコ顔で花束を予約してくれた。赤いリボンで、明るく派手に束ねてあげよう。

「入院見舞いの花はなにが良いかな? 鉢のほうが長持ちしそうだな」
「私たちが上司の退院を長引かせたいようで、鉢花はよくないわよ」
「俺らは、それを期待しているんじゃないか」
「悪いこといっているわ。鉢はダメよ。すぐ花が散ったり、萎んだりすると、これも患者の気持ちも萎えるしね。難しいわね」
 会社員づとめの男女が話している。
 ここは口を挟まないでおこう。相談を持ちかけられるまで。

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