東京下町の情緒100景(077 消えた商店街)
もう何十年前だろう。荒川に近い路地には小さな商店街があった。庶民の生活を支える店が路地の奥へと並列していた。八百屋、肉屋、乾物屋、雑貨屋と一軒ずつ軒を寄せ合う。過当競争。そんな言葉はここになかった。店と店が共存できた時代だった。
もはや何十年前だろうか。朝になると、牛乳、新聞配達などの自転車が商店街の路地を走り抜けた。目を覚ませた店主たちが、店舗の表戸を開ける。「おはよう」となり近所と挨拶する。そして、路地の奥まで打ち水してから、商品を並べていた。
あの子どもらはどこの空の下で暮らしているのだろうか。小学校から帰ると、親からもらった五円玉、十円玉で駄菓子、ラムネなどを買う。男の児はチャンバラごっこ、女の児は地べたにロウセキで絵を描く。男女が仲良く縄跳びもしていた。
あの人気者の奥さんは施設に入っているそうだ。夕方になると、買物の主婦たちで、井戸端会議がごく自然にはじまった。あの奥さんはいつも愉快な話題を提供していた。笑いが耐えなかった。仕事帰りの亭主の姿を見ると、あの奥さんはあわてて家に駆け戻っていた。
あの仲の良い若夫婦にはもう孫がいるかもしれない。夕暮れると、銭湯帰り、若夫婦は片を並べて店に立ち寄り、縁台でかき氷を食べていた。ふたりは幼稚園からの幼なじみだった。
世話好きだった会長はいつしか音信がなくなった。どうしただろう。年中無休の商店会を取り仕切る、会長はいつもこざっぱりしていた。床屋好きで、髭を剃ってもらいながら、町のうわさ話、景気の話に耳を傾けていた。祭りの神輿の担ぎ手が不足しているとなると、あちらこちらの家を回って若者を担ぎ出していた。
下町の生活や行事が小さな商店街を中心に回っていた。時の流れは無常ともいえる。商店街の出入口の看板は消えた。子どもたちの遊び声すらなくなった。
郷愁だけが残された。