東京下町の情緒100景(074 鯉)
更新日:2007年8月12日
中川に架かった奥戸大橋の上から、淀んだ朝の川面を覗き込むと、きまって全長1mほどある大きな鯉が泳ぐ。30匹は下らないだろう。いや、50匹はいるだろう。豪快な群れだ。
十数年前は、中川にも鯉釣りの人がいた。鯉は特殊な餌で釣る。玄人肌の釣り人たちだった。このごろはまったく見かけない。皆無となった理由は簡単だ。
橋上から鯉に餌をやる人が多いからだ。鯉に可愛がる人がいる側で、それを釣り上げたならば、動物保護団体と喧嘩するようなものだ。
欄干から人がのぞきこむと、鯉が群れてやってくる。水中からでも、ひとの気配がわかるらしい。餌を期待して、その数がたちまち増えてくるのだから、驚きだ。
生き物にはすべて生存競争がある。橋上から鯉の愛好者が、食パン耳のような餌を投げる。途端にカモメや鳩がやってくる。俊敏なカモメたちは空中で餌をついばむ。水中の鯉は残念ながら、ジャンプできない。
橋上にこぼれたパンくずは鳩が漁る。
橋上の鯉の愛好者は、
「あんたたちに餌をやっているんじゃないわ」
とカモメに怒りを向ける。
頭上で旋回するカモメは、早く餌を投げろと、群れて急かせる。多めにばら撒くと、川面に餌が届く。すると、数多くの鯉とカモメの口ばしとが競う。凄まじい争いだ。