東京下町の情緒100景(073 大鍋)
更新日:2007年8月 6日
駅舎の階段を下りきると、徒歩3、4歩。ハイジャンプでもとどく場所に、流行る精肉店がある。夕方になると、買い物客が少なくとも10人前後が並ぶ。揚げたて「コロッケ」を買うために待っている。店員3人ばかりが忙しげなく働くが、客は途切れることがない。
商店街の周辺には呑み屋、食べ物屋、食堂など行列する店は多い。「コロッケ」を売る店では、ここが最右翼だろう。
朝方はどこの店も準備中の札を吊るす。精肉店の店員がヘルメットをかぶり、店内から大鍋を運び出し、原付バイクに積み込んでいた。一言声をかけてから、カメラを向けた。
「なにを撮るんだ? おれか?」
店員は怪訝な表情だった。
「違う。鍋だよ」
「これか」
こんなものがめずらしいのか、好きなように撮影しろ、という態度だった。
「ずいぶん大きい鍋だね。どのくらい入るの? 何斗? 何キロ?」
「40キロだ」
「お米?」
「違う。ジャガイモだ。蒸すんだ」
何もわかっていないな、という表情で、店員はこちらの顔をのぞき込んだ。
(コロッケを売る店で、ご飯は関係ないか)
それは陳腐な質問だった。
揚げたて「ジャガイモ」に行列ができる理由がわかった。原料のひき肉は精肉店として、お手のもの。挽(ひ)きたてで、変色しない新鮮な材料が使える。ジャガイモは大鍋で丹念に蒸す。手の込んだコロッケとなると、流行るわけだ。