東京下町の情緒100景(069 のうてんき)
下町・立石駅の裏通りで、面白い看板を見つけた。それは『呑(のう)てんき』。上手なネーミングだ。人間味がある店に思える。
落語に登場する人物を、この呑み屋に立ち寄らせてみた。
「おいハッさん。いい店を見つけたぞ。一杯やっていこうじゃねえか」
「真っ昼間からか。赤い顔して帰ったら、カカアがうるさい。稼ぎは悪いし、甲斐性もないのに、昼間から呑んだ、と」
「まいど女房の大きな尻に敷かればなしか。呑んで帰って、デケエ尻を一つ、二つ蹴飛ばしてやれ。亭主の威厳をみせて」
噺家が威勢よく、身振りで示した。
「あとが怖い。10倍、100倍になって返ってくる。ホウキでぶん殴られるのが落ちだ」
「ハッさんの女房なら、そのくらいはやるだろうな。昼間から呑んだ言い訳くらい考えてやる」
「どんな言い訳だ?」
「けさ、熊公がぽっこり死んだ。だから、お通夜にいってきたと言えばいいんだ。お上さんに酒を薦められたし、断れば義理を欠くから、多少呑んだと言えば、筋が通る」
「熊さんは生きてるじゃねえか」
「ものは言いようだ。酒を呑み供養していると、死んだはずの熊公が、おれにも飲ませろ、といって、生き返ったと取り繕えばいいんだ。熊公は酒好きだから、と」
「そうはうまくいかないよ。お通夜って、夜だろう」
「最近のお通夜は、昼間が流行っている、といえ」
「呑むにしても、この『呑てんき』はシャッターが下りている」
「見てみな、営業中だ」
「それは隣の店の看板だ」
「だから、脳天気といわれるんだ。こうすればいいんだ」
熊さんは、隣の看板を持ち上げて『呑てんき』の前に移した。
「でも、シャッターは開かない」
「見ておれ。こうするんだ」
噺家は扇子の先端で、コンコンとシャッターを叩く。〈呑てんきさん、営業中なんでしょ。のんびりしてないで、早く開けないと、客が隣の店に逃げてしまいますよ〉と噺家はふたたびシャッターを叩くまねをした。