東京下町の情緒100景(064 金魚屋)
更新日:2007年5月29日
江戸時代から、夏の風物詩のひとつに金魚売りがある。『きんぐょ、金魚え~』という抑揚のある声を聞くだけで、涼感を満たしてくれる。袢纏姿で、天びん棒を担ぐ男が『きんぐょ、金魚え~』と江戸城に近い大名屋敷の街なかを歩き、金魚と風車を売る。
大名たちは立派な鯉を買い求めて山水をかたどる庭の池に放った。豪商は武士の真似をしたがる。豪華で色鮮やかな、数十両もする金魚を求めて自慢する。華美を追求する道楽となった。
江戸川の川べり一帯は沼地で、農耕に適さない不毛の地だ。農民は沼に小舟を浮かべて蓮を取る。収入は少ない。貧農たちが金魚に目をつけて、沼に囲いを作り、金魚の養殖をはじめた。金魚売は江戸川の沼池で仕入れ、江戸の町なかで売る。
金魚の養殖沼が増えるほど、金魚は安価となった。1文、2文でも買い求めることができた。すると、庶民へと広まった。着流しの浪人たちが住む深川の長屋横丁でも、『きんぐょ、金魚え~』という声がひびく。庶民にとって、金魚を飼うことがささやかな娯楽の一つとなった。
昭和時代の半ばとなると、下町の金魚の養殖場は変化を見せはじめた。高度成長で、大都市への人口流入。道路や鉄道網が拡大すると、金魚の養殖沼がつぶされ、宅地となっていく。他方で、町から金魚売の姿が消えた。
総武線JR駅から徒歩3分。いまでは一等地だ。伝統の金魚の養殖を守る、気骨の人がいる。生簀(いけす)のなかで、きょうも金魚が悠々と泳ぐ。明日はどこの庭池に移住するのだろうか。