東京下町の情緒100景(061 焼却炉)
更新日:2007年5月 8日
焼却炉の時代は終わってしまった。俺はかつて赤い炎で、町工場の廃材を威勢よく燃やしていた。あの頃は重宝がられたし、大切にされた。俺の目の前には、順番を待つ人たちの行列ができた。
俺は朝から晩まで、いつも煙突からモクモクと黒い煙を吐いていた。炉内は1000度の高温だ。木材や紙だけでなく、釘でも溶かす力があった。自信に満ち溢れていた。
残材を燃やす俺の心は、町を綺麗にする自負心で支えられていた。大量のゴミを燃やし、わずかな残滓(灰)にすれば、東京湾の埋立地の負担が減る。
『東京湾をゴミで埋めてしまうな』
それが俺たち焼却炉仲間の合言葉だった。
ここ10年は様変わりしてきた。塩化ビニールを燃やせば、人体に悪い環境ホルモンのダイオキシンが出るといわれた。肩身が狭くなりはじめた。大気に悪影響があると、悪者になりはじめた。壊れても補修してくれなくなった。
CO2の規制で、俺たちの出番がとうとうなくなってしまった。空き地で、俺は無用の長物となった。
いまでは誰ひとり炉まで足を向けてくれない。俺は茂った雑草のなかで、いまでも役立つ日を期待している。でも、本体の鉄板は錆びてくるし、全身が老体化してきた。
いまの俺はタンポポたちに、過去の栄華を語るだけだ。