東京下町の情緒100景(060 愛犬)
更新日:2007年5月 7日
夕暮れ前になると、犬を連れたひとが下町の河岸を散歩する。むかしも、いまも変わらない。でも、何かが変わってきている。
かつて犬の散歩は男性が多かった。女性の姿となると、父親に連れられた少女たちだった。主婦は夕飯の仕度とか、大勢の子どもの洗濯とかで、とても犬まで手が回らなかった。余裕がなかった。
このごろは核家族で、なおかつ一人っ子の時代だから、婦人が犬を散歩させる姿が目立つ。
犬の種類も変化してきた。戦後の一時期はほとんどが雑種だった。残飯を与えて育つ番犬が主流だった。勇ましい犬、大型犬が好まれた。
TV時代になると、外国のTV映画に出てくるシェパードがもてはやされた。警察犬にも登用された。散歩するひとたちの間では、シェパードが自慢の種だった。
近頃は大型犬が土手から消えた。座敷で飼うような、胴長で小さな犬が風靡してきた。尻尾はなくても、血統書付きならば、持てはやされる。みるからに犬のファッション・ショーだ。「●○ちゃん、かわいいわね」と、たがいに褒めあう。
可愛さがすべてを象徴する。愛らしさが、言葉にしない暗黙の評価になる。
下町女性はふだんの顔、素顔で買物にいく。化粧と服装にはさして気を使わない。
しかし、犬を散歩させるとなると、それは違ってくる。犬に合わせたファッショナブルな姿でないと、土手の散歩仲間の前に出ると、恥ずかしくて、妙に引け目を感じてしまう。だから、念入りに化粧をする。
(きょうは洋服と頭髪は決まったわ)
内心は、散歩させる愛犬よりも「私」を観て誉めてほしいのだけれど。