東京下町の情緒100景(053 歩道売りの花屋)
更新日:2007年4月 3日
花屋さんが店内から色彩豊かな花を路上に運びだす。赤、青、紫、黄色の花を並べる。原色の鮮やかな花売場が即席で、路上にできてきた。運び出す大半がスミレだ。
ベビーカーを押す主婦が、路上売場をのぞきこんだ。
「きれい、きれいな花でしょ」
と幼児ことばで、わが子に語りかけてから、
「一鉢いくら? このスミレは」
と搬出で忙しい花屋さんを呼び止めた。
「お買い得だよ。一株20円」
「えっ。そんなに安いの」
主婦は信じられない顔だった。
花屋はまた作業に入った。主婦は花を選びはじめた。
黒い犬を連れた散策の女性が立ち止まった。20円だって、と教えてあげる。
安い花を独り占めしては申し訳ない気持ちから。黒い犬も花壇をのぞき込んできた。春の花の甘い匂いが犬の敏感な嗅覚を刺激するのだろう。
花屋のまえは人の輪がごく自然に膨れあがってきた。人だかりがはじまる。
年配の夫婦が足を止めた。ふたりの視線がスミレの花に止まったままだ。好い、色ねと、鮮やかさを褒めている。
「これって、20円だって」
と気安い口調で教えてあげている。夫婦者は腰を下ろして、スミレの選別をはじめた。
「スミレには、どんな肥料がいいのかしら?」
男性がそう訊いたから、ベビーカーの女性が教えてあげている。しゃがんで肩を並べれば、親しい隣人になってしまうようだ。
花屋さんはなおも黙々と花を並べる。