東京下町の情緒100景(051 桜並木)
区役所通りの桜並木が満開になった。淡いピンク色の並木が歩道沿いにつづく。桜の古木がしっかり順序良く整列していた。奥行きのある風景だ。
それぞれ枝ぶりはよいが、自慢するほど本数はない。世間に知られた名所でもない。それでも、下町のふだん着姿の人たちが寄り道していた。
「やっと咲いたわね」
ひとりの女性が、向こうからきた自転車のひとを呼び止めた。
「暖冬だったから、もっと早く咲くと思っていたら、割に遅かったたな」
自転車の男性が片足を地面に着いた。
「4月に入ってから、満開だなんて。桜の花も、たまにはノンビリ咲きたいのね。これからはどっちに?」
「アーケード街に買物よ。女房に頼まれて。この時期、桜がきれいだった、ちよっと回り道だよ」
「私はいま買物をしてきたところ。呼び止めて悪かったわね。特売品が売切れたら、奥さんに怒られるから、早く行ったほうがいいわよ」
「じゃあな」
自転車の男性が去っていく。
知り合いの女性が区役所から出てきた。桜の挨拶を交わした。
「きょうは?」
「うちの息子が就職したから、住民票を会社に出す必要があるんだって。前まえから分かっていたのに、きのう急に言いだすんだから」
「わが子じゃ、しょうがないわよね」
「まあね。亭主だったら、自分で区役所に行ってきなさいよ、と取り合わないんだけどね。あら、もう桜が散っているわね。せっかく絢爛豪華に咲いたのに」
と住民票の袋で、花びらが張りついた路面を指す。
「上を見て。野鳥が蜜を吸っているから、花びらを散らかすのよ」
ムクドリが枝から枝へと乗り移っていた。
「ほんとうだ」
「ね、絢爛豪華のケンランって、どういう意味なの?」
「むずかしく考えないの、知ったかぶりが一番よ」
といわれて、半分だけ納得した。
頭上では、メジロもやってきて嬉々とさえずっていた。