東京下町の情緒100景(044 下町の牧場)
更新日:2007年3月13日
乳牛工場の構内には、川向こうから朝の陽射してきた。きのうから降り続いた雨がやっと止んだ。空は雲がちぎれ、青く透き通ってきた。
緑の濡れた芝が水滴で光る。そのうえで、ホルスタインの仔牛が、甘えるように母牛に寄り添っていた。
にぎやかな小学生たちの声が近づいてきた。黄色いランドセルを背負った、児童たちの集団登校だ。子どもたちは正門の前にくると、「おはよう」と牛の親子に声をかける。
母牛が微笑みながら、「きょうも、お勉強がんばってね」と挨拶を返している。
従業員たちが駅の方角から出勤してきた。守衛さんにも、牛の親子にも、挨拶を忘れない。乳業工場がやがて動きはじめた。リズミカルな機械音がひびく。きょうの川風は南から。構内の樹木が吹く風で小躍りをする。
工場からほのかな乳の香りが漂う。とても甘い匂いだ。すると、仔牛が母親に話しかけた。
「ママのおっぱいで、ヨーグルトとミルクができるんだよね」
「ほかにも一杯よ。バター、チーズ、アイスクリーム。もっとあるわよ」
母牛はいつも自慢顔だった。
「アイスクリームっていいな、食べたいな。ママのおっぱいよりも、そっちがいいな」
「そんなおネダリはダメよ」
「遊びに行きたいな。いつも同じところばかりだと、おもしろくないもの。工場の外に出たいな」
「外は危ないから、まだダメ。おとなにならないと」
下町の牧場では、母牛が好奇心の旺盛な仔牛を諭す。
きょうも、牛の会話が聞こえてくるようだ。