東京下町の情緒100景(040 人形焼)
更新日:2007年2月14日
仲見世に入ってすぐ足を止めた。白い帽子を被った職人が店頭に向かって器用な手つきで人形を焼く。膝前には五つの焼き器具を並べる。順送りに焼き上げていく。
(この職人さんはこの道、何十年だろう? 何代目だろうか)
一つの器具には四つの顔がある。粉を流し込む。まず一つずつの顔を作る。竹のヘラで、缶の中から餡子(アンコ)をすくい、盛り込んでいく。加減ひとつで、味が微妙に変化する。
職人は芸術家だ。人形は人間の胃の中に入れば、消えてしまう。だからといって、芸術は否定されるものではない。世のなかに長く残らないけれど、一級の芸術の味を作る。
人形が焼き器具から取り出された。見るがわの心で、顔は微妙に違う。にこにこ顔。しかめ面。微笑み。表情は違えど、顔はみな整っている。一つひとつがとてもいい。陳列台に行儀よく、おとなしくならぶ。生まれたばかりの好奇心で、通行人の顔をじっと見ている。
お客が店頭に来た。売り子のおばさんが持帰り用の紙箱を用意する。おなじ器具から生まれた四つ子だけれど、切り離される。人形焼きに生まれてきた宿命の惜別だから、泣き言もいえない。六人組み、十人組みと箱のなかに振り分けられた。
「ここの人形焼じゃないとダメなの。味がうるさい娘(こ)だから。孫の顔を見に行くたびに、持っていくのよ」
婦人の一言がせめてもの慰みだ。