東京下町の情緒100景(037 煎餅屋)
更新日:2007年2月14日
仲見世通りに近づくと、とたんに煎餅を焼く香ばしい匂いが漂ってきた。
細長いアーケード街の角の小さな店からだ。一畳間の狭いスペースでは、おばさんが煎餅の生の素材を一つひとつ丹念に金網にならべ、真っ赤な炭火で焼いている。
終戦直後から、おなじ場所で、おなじように焼いている。時の流れ、時間の流れも、無関係のように、毎日みる風景だ。いつもおなじ手つきで、おなじ円形で、こんがり焼きあげている。
焼く途中で、おばさんが座布団から腰を持ち上げると、10枚をならべた網をさっと回転させる。裏表をひっくり返す手の動きは敏捷だ。ふたたび腰を据えたおばさんは、ゆっくりした時間にもどり、均一なコゲ目をつけていく。
一区切りついたらしい。おばさんがやおら立ち上がると、焼きあがった煎餅を袋と箱詰めにした。として店頭に置いた。
ベビーカーを押す若い母親が、名物の手焼き煎餅の店頭にやってきた。下町育ちだから、ここの味を知っている。
「5枚ちょうだい」。彼女は子供のころ「白、えび」が好きだった。母になると、「胡麻、海苔」が好きになった。
昨日はちょっといたずら心で、「唐辛子の煎餅」を2歳の息子に与えたら、泣き出したと、おばさんに教えていた。