東京下町の情緒100景(033 交番)
更新日:2007年1月30日
橋の袂には『KOUBAN』がある。下町にはなにかしら不釣合いな横文字の交番だ。その交番前にはふたりの警官が立つ。警視庁警察官では堅苦しい。巡査では階級として残るが、ことばとしては古い。警官というよりも、この町にはお巡りさんが似合う。
お巡りさんは不審者、交通違反に目を光らせる。住民にはやさしい親しみの目をむける。ふたつ顔を上手に使い分けている。
老婆が昨日の盗難届の撤回にやってきた。きのうはバッグが盗まれたと訴えてきた。
「保険証と印鑑登録が入っている」
と青ざめていた。住居に泥棒が入り、盗んだ。ぜったい間違いないと押し通していた。玄関や窓には鍵を壊された痕跡もない。
きょう老夫が自宅の棚の上にある老妻のバックを見つけたのだという。「交番に行って謝って来い」と老夫からいわれたといい、深く頭を下げていた。きのうの老婆の態度とは180度ちがう。下町の心なのか、頬かぶりせず、素直に非を認めていた。
「見つかって、よかったね」
お巡りさんは優しく微笑む
下校してきた女子高校生たちが横断歩道の先で、信号を待つ。青に変わった。渡りきったふたりは自転車を停め、片足を路面についた。
「お巡りさん、いま何時?」
きのうと同じ時間だよ。
「じゃあ、四時半だ。ね、お巡りさんはどこから来たの?」
忘れた。
「隠してるんだ。ね、どこからきたの」
山の手の署。
「じゃあ、エリートだね。何歳?」
「職務質問かい」
お巡りさんはごく自然に談笑を交わす。話しかけてくる相手には、親しみは大切にしている。下町のひとから愛されるお巡りさんでいるためにも。
「交通ルールは守れよ」
「守っているよ」
二人乗りして呼び止められと、怖いけれど、いつもは優しいお巡りさん。