東京下町の情緒100景(032 泥んこ遊び)
更新日:2007年1月10日
夜半からの雨が昼まえに上がってきた。虹が河川の此岸と対岸を渡す。土手には下町の子どもらの声がもどってきた。
だれもが大きな虹だと見つめる。半円形の鮮明な虹をくぐるように、赤い電車がいつもの鉄橋を渡っていく。
少女ふたりが土手を駆けて降りてきた。追いかけっこして笑っている。ススキの群生の陰に、ふたりとも消えた。途轍もないところから不意に出てきた。鉄橋の下を潜っては戻ってくる。
少女たちが河川敷の水溜りを見つけた。しゃがみこむ。水面に写るのは青空と、動物に似た浮雲。熊さん、ヤギさん、ウサギさん。名づける少女たちの指先が、雲と戯れはじめた。水溜りをかき回す。雲の形が崩れる。
「お母さんがもう迎えに来るよ」
「まだ、だいじょうぶよ」
仲良しのふたりはいつまでも肩を並べる。手元に泥を集めながら、こねて人形を造る。巧い形にならなくても、泥んこいじりは愉快そうだ。