東京下町の情緒100景(路地裏の酒場 015)
更新日:2006年11月 6日
私鉄駅前から、脇道に入った路地裏には、モツ煮込み、焼き鳥、大衆酒場、お好み焼き、割烹などが並んでいる。路地から路地へとつづく。
酒飲みにはたまらないほど面白い店が多い。間口は狭いし、奥行きもない。店構えには気取りなどみじんもないし、「はいよ。焼酎ね」と活気ある店員の声にも年季が入っている。まさに庶民の酒場だ。
界隈(かいわい)の町工場が引けると、まず工員たちが立ち寄る。開店前から並ぶ。だから、いつきても満員。客は無理に店内に入ろうとしない。縁台で充分なのだ。暖簾の外におかれた長椅子が客席なのだ。
中小銀行、官公庁のネクタイを締めたホワイトカラーがやってくる。仕事の話、上司や同僚への不満ばかり。それは一日のはけ口の場だ。職場のストレスは家に持ち帰らない。それは生活の知恵、家族への思いやりかもしれない。
いつものトビ職人がきた。いつもの大工がきた。いつもの左官がきた。職人は独りで飲むことのほうが多い。隣り合う客とは数十年も見慣れた顔だが、たがいに名まえなど知らない。兄さんとか、社長とか、旦那とか、風采で決めて呼び合う。職種に関係なく会話を交わす。
アーケード商店街の店舗が閉まれば、ごく自然に店員がやってくる。客層が時間とともに入れ替わってくる。それでいて常連の顔ばかり。
支払いは一人千円札で充分。こんな下町風情の酒場が良いと、遠くから数千円の交通費をかけて呑みにくる変り種がいる。