東京下町の情緒100景(泣かないでね 012)
更新日:2006年9月28日
「泣かないで、先生が拾ってあげる」
保育園の先生が路面に両手をついて、なにやら探しはじめた。
「博ちゃんがわざと落としたの」
女の子は声をあげて泣く。
「いけない子ね」
「ぼくじゃないよ、雄太だよ。こいつだよ」
と指す。
「ぼくじゃないよ」
「どっちが悪い子かな。あっ。見つかった。これでしょ。この髪飾りでしょ」
先生は笑顔をうかべた。
「ちがう。こんなに、汚れてなかったもの」
女の子はなおも手で目頭をなでている。
「汚い、汚い、飛んでいけ。ほら、消えた」
「もうちょっと。ここ汚れている」
「博ちゃん、雄太ちゃん、ふたりで払って上げなさい」
「ぼくが先だ」
「ほらほら、奪い合いの、ケンカしないの」
保育園の子供たちは童謡を歌いながら、街角を曲がっていった。
きょうの思いでは、いつまで記憶に残っているのかな。夜には忘れるのかな。保育園の先生の名まえはいつまで覚えているかな。
『三つ子の魂は百まで』
この小さなケンカが、明日の羽ばたく命の泉になるんだからね。