東京下町の情緒100景 (弾けないバイオリン 007)
更新日:2006年7月28日
「どこに行くんだい? そんなにおめかして」
「ちょっと音楽会よ、シンフォニーヒルズさ」
「へえ、洒落てるな。木戸銭はいくらだい?」
「もらったチケットだから、解からねえ」
「ちょっと、見せてみな。これがチケットね。この西洋の音楽家はなんって、楽器を弾くんだい?」
「琴や三味線じゃねえそうだ」
こんな落語が似合いそうな町である。
駅前の小さな広場に、『ワルツの塔』がある。バイオリンを弾くのはモーツアルト。大理石の円形柱の上には、楽器を弾く天使たちが羽ばたく
多くは待ち合わせ場所に使われている。ここから徒歩7分で、巨大な建造物のシンフォニーヒルズがある。
「なんで、寄席を作らなかったのかね。下町には不似合いな音楽堂をこしらえて」
「錯覚だよ。西洋文化が時代の最先端だ、とおもったんだよ、きっと」
「お偉い人は、落語を聞かないのかね」
「わからねえ。寄席を聞くのは浅草や上野だと決め付けてるんだろうよ」
「ところで、これはだれだ?」
「きまっているだろう、ベートーベンさ」
奏でる楽器のバイオリンをよく見てみると、皮肉な悪戯なのか、弓が持ち去られていた。
日本最大級のコンサートホールで下町の文化・芸術が変わるのだろうか。たて看板を見ると、演歌の公演だった。館内では、きっと地元『矢切の渡し』などが熱唱されているのだろう。