【被災者・写真提供】廃墟の陸前高田市で生きる=大和田晴男
私が3.11小説の取材を開始したのが11年11月からです。それ以前の被災地は自分の目で見ていません。それだけに、被災者自身の目で撮影した写真は、(報道機関の写真とは違い)、それぞれ想いが籠っているし、貴重なものです。
陸前高田市を取材する折り、同市在住の大和田晴男さんから、被災当時から1年間にわたる写真を提供してもらうことができました。
プライベートなものは割愛し、被災地のカキ業者の視点から掲載させていただきます。
3.11の大津波で、大和田晴男さんの持ち船は陸に打ち上げられた。カキ養殖業にとっては、最大の生産道具です。
その失意は計り知れないものがあったようです。
陸前高田市は一瞬にして、廃墟となり、約2000人の方々が尊い命を亡くしました。家屋も、町も、すべて失なったのです。
大津波の大災害から、難を逃れた子供たちは将来の希望です。
写真の刻まれた日にちから、まだ1か月も経っていないのに、カメラむけると、ガレキの前で戯れる子どもたちです。
とても、印象深く、貴重な写真です。
背後の白い建物が高台の中学校で、家屋を失った住民たちの避難生活場所です。この学校すらも、あと1メートル水位が高ければ、大津波に飲み込まれるところでした。
陸前高田市はあらゆるものが廃墟となり、病院は一軒も残っていませんでした。
撮影日:11年5月13日
海から見た陸前高田市。同市の最大の高級ホテル『キャピタルホテル』が見えます。まわりの建物はすべて廃墟です。
震災からわずか2カ月後の撮影です。また来るかもしれない、大津波の恐怖が残り、余震も多発してさなか、『海の男』漁師でなければ、とても沖合から撮影できません。